『11人の考える日本人 吉田松陰から丸山眞男まで』
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『11人の考える日本人 吉田松陰から丸山眞男まで』片山杜秀著(文春新書)
[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)
思想と背景 大胆明快に
すぐれた思想や音楽は時代を超えるが、高尚でどうも……。そう感じる人には思想史研究者で音楽評論家の片山さんの著作はぴったりだ。『ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる』では、王侯貴族ではなく、市民革命で台頭する市民を聴き手にしたことで「楽聖」の曲は中世の音楽に比べてわかりやすくなったと説明する。
本書はその思想版で、幕末の松陰から「貧乏物語」の河上肇、戦後民主主義の丸山眞男ら11人の思想のエッセンスと時代背景を、こんなにわかりやすくっていいんですか、というほど大胆明快に描き出す。たとえば福沢諭吉の新しさは、〈人間が独立して生きるにはお金が大事だ〉とした経済リアリズムにあると断言する。福沢は政治から教育、文化まで多彩に活躍したが、それらを統(す)べる「お金の思想」に注目することで、金儲(もう)けを卑しむ江戸時代の朱子学的規範を打破した福沢の新しさがはっきりする。現代では「一万円札の顔」となった福翁の自伝をはじめ膨大な著作から選び出された「お金の話」は、税から国防、女性の財産権から福祉まで多岐に及び、発想の柔軟さに驚かされる。
このほか、大正デモクラシーで広がった総合雑誌の購読者など教養層に支持された憲法学者、美濃部達吉の天皇機関説が、天皇を神格化する軍部などに弾圧されていく思想の運命の話も目を引く。機関のために兵隊は死ねない――天皇機関説の抑圧は、戦争への道でもあった。
「絶対矛盾的自己同一」など難解用語で知られる西田幾多郎の哲学は、「坂の上の雲」を求める維新後の理性重視、右肩上がりの時代にあって、実家の没落や学歴のなさ、肉親の死から、「うまくいっていない人間にも生きる意味はある」との思想だったというのもうなずける。
11人の思想には、西洋近代化というグローバル化が始まってからの日本人の苦闘と苦悩、ものの見方、考え方の基本形があり、これからを考える手本となる。