『糸暦 いとごよみ』
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『糸暦』小川糸著(白泉社)
[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)
ほつれた糸がやさしい風になびいているような、装飾的な、しかも瀟洒(しょうしゃ)な漢字二文字の背表紙に目がとまり、並んだ本のなかからそれを抜きだした。
開くと、なじみのある地名や食べ物の名前が目にとびこんでくる。小川糸さん、名前は聞いていても、作品を読んだことがなかった。評者と同郷の、ほぼ同年代の方であることを知り、急に親しみをおぼえた。
一年十二ヶ月、日々の暮らしのなかで出会い、味わう食べ物にまつわる随筆集であり、卯月(うづき)(四月)から始まって月に二篇(へん)、面白くあっという間に読み終えてしまう。そして、カラー写真と、そこに出てくる料理のレシピが並んだあとは、一年無事に過ごせたご褒美のような特別篇がある。山形の出羽屋を訪れての山菜三昧。文字を追っていて、思わずごくりと唾を飲みこんだ。山菜の美味(おい)しさは年を重ねるとわかってくる。芋煮は醤油(しょうゆ)の味付けに限るという、めずらしく強めの主張には思わずうなずく。
話題になったというにはいまさらのデビュー作『食堂かたつむり』を買ってきた。未知の書き手との出会いほど、嬉(うれ)しいことはない。