『J・S・ミル』
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今こそ『自由論』『功利主義』を生んだ著者の思想に触れる
[レビュアー] 田中秀臣(上武大学教授)
価値観の対立が国内外で先鋭化している時代に、多様な人たちの個性を重視し、思想と討論の自由を社会に対して求めることは、実に大切なことだ。関口正司『J・S・ミル』は、われわれの文明が向かう方向を考える上で、今日でも重要な意義をもつジョン・スチュアート・ミルの生涯と、その思想と政治理論を中心とした貢献を丁寧に解説した良書だ。
ミルは父親からの厳しい英才教育をうけ、まだ十代のうちから言論界や社会改革の場で活躍した。ただミルの人間観や社会改革の基準は単純化されたものだった。しかも父親からの精神的な重圧もあったのは間違いない。ミルは生きる目的を失うほどの「精神の危機」に陥る。社会改革を達成したとして、自分が幸福に思うことはないだろうと、悟ったからである。
この「精神の危機」にどうミルが立ち向かっていったのか。ワーズワースの詩の世界に描かれたような、自然との共感や複雑な感情をより鍛え、高めていく姿勢(陶冶)こそが、ミルの見つけた危機からの脱出口だった。まるでカルトからの脱退経験を読むようだ。個性を大切にするには、他者から侵害されない自由が必要だ。その「他者」の中には、ミルの厳格な父親や教条主義的な思想、さらには彼個人から離れた権力者や大衆の専制といった文明の脅威までが含まれる。
古典『自由論』『功利主義』など主要著作だけでなく、ミルの全体像を深く知ることができる。