『J・S・ミル』
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『J・S・ミル 自由を探究した思想家』関口正司著(中公新書)
[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)
ジョン・スチュアート・ミルの思想は、高校の倫理の教科書では、十九世紀英国における功利主義の哲学の一つとして扱われている。また正義論や政治理論の文脈では、その著書『自由論』をとりあげて、ある人の行動について、それが他人に危害を及ぼすものでないかぎり、干渉してはいけないという「危害原理」に基づいた「消極的自由」の尊重を説いた論者とされることが多い。
ミルの主著『自由論』『代議制統治論』『功利主義』の明快な新訳を生み出した著者が、簡潔ながら読みごたえのある評伝を完成させた。個人の生きる目的はさまざまであり、その多様性を保持することが「政治のアート」の前提となる。そうした確信が、自由論や政治制度論、さらに経済政策やジェンダー平等に関わる、その幅ひろい著作活動を支えていた。
エリート主義や西洋「文明」中心主義として批判されかねない要素もあるものの、ポピュリズムの脅威と「教養教育」の衰退が指摘される現代にも響いてくる主張をすでに論じていた。そうした重要性が本書の叙述から伝わってくる。