『まっとうな政治を求めて 「リベラルな」という形容詞 (原題)The Struggle for a Decent Politics』マイケル・ウォルツァー著(風行社)

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まっとうな政治を求めて

『まっとうな政治を求めて』

著者
マイケル・ウォルツァー [著]/萩原能久 [訳]
出版社
風行社
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784862581464
発売日
2023/04/17
価格
2,970円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『まっとうな政治を求めて 「リベラルな」という形容詞 (原題)The Struggle for a Decent Politics』マイケル・ウォルツァー著(風行社)

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

多様な立場 共存の大切さ

 今年で八十八歳になるアメリカの政治哲学者、マイケル・ウォルツァー。ジョン・ロールズのような理論体系の精緻(せいち)さや、マイケル・サンデルに見られる雄弁とは対照的な文体で、自由について、正義について、シティズンシップ(政治に関わる市民の特質)について論じてきた理論家である。本書は、ウォルツァーが新型コロナウイルス感染症の流行のなか、自宅に閉じこもりながら「おそらくこれが私の最後の書物になるであろう」という姿勢で書きつづった一冊。

 ウォルツァーは長らく、アメリカの雑誌『ディセント』の編集に関わり、みずからの政治評論をそこに載せてきたが、その関係者の立場を「リベラルな社会主義」と呼んでいる。それは不平等を是正する「公正な社会」をめざしつつ、セクト主義の偏狭さを批判し、多様な人々の共存を志向する。左派の運動につきまとう内部分裂や、大学人と学生のベトナム反戦運動に対する、実際に徴兵される庶民からの反発といった、苦い経験をかみしめながら、「地道な仕事」として実践を続ける立場である。

 ここで「リベラルな」と言っているのは、特定の主義としてのリベラリズムのことではない。この本の各章は「リベラルな」民主主義、社会主義、ナショナリストといった題名で、ウォルツァー自身の思想のさまざまな側面を論じている。この本の構成そのものが、多様な立場を共存させる道徳としての「リベラルさ」を表現しているのである。同時に、「リベラルさ」そのものを不可能にする排外主義やポピュリズムに対するきびしい批判も忘れてはいない。

 この道徳を支えるものとして、嘘(うそ)を見抜く能力を育てる学校教育や、リベラルな大学教員のあり方について何度もふれているところも興味ぶかい。「コミットしてはいるが冷静で、独り立ちできる精神、好奇心、(そして)懐疑心」。真の知識人の精神に関して恩師が述べたこの言葉が引用されているが、その特徴は、まさしくウォルツァー自身のものでもある。萩原能久訳。

読売新聞
2023年7月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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