神永学『火車(かしゃ)の残花(ざんか) 浮雲心霊奇譚』(集英社文庫)を三田主水さんが読む 幕末の心霊探偵の新たな一歩

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火車の残花 浮雲心霊奇譚

『火車の残花 浮雲心霊奇譚』

著者
神永 学 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087445459
発売日
2023/07/21
価格
847円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

神永学『火車(かしゃ)の残花(ざんか) 浮雲心霊奇譚』(集英社文庫)を三田主水さんが読む 幕末の心霊探偵の新たな一歩

[レビュアー] 三田主水(文芸評論家、伝奇時代劇アジテーター)

幕末の心霊探偵の新たな一歩

 不可思議な謎を不可思議なまま描けばホラー、論理的に解決すればミステリ――といえば少々乱暴だが、実際にこの両者は親和性が高い。そしてそれは、怪異が日常と当たり前に接していた時代に特に高まる。本作はそんな時代ホラーミステリの文庫化第七弾だ。
 時は幕末、腕利きの憑(つ)きもの落としとして知られる男がいた。白い着流しに赤い帯、そして墨で眼を描いた赤い布で両眼を覆ったこの男の名は浮雲(うきくも)――赤い布の下の赤い両眼で幽霊を見る力を持つ、幕末の心霊探偵というべき男である。
 これまで江戸市中で事件を解決してきた浮雲は、前作のラストで腐れ縁の薬の行商人・土方歳三(ひじかたとしぞう)を道連れに、出生の地・京に旅立つこととなった。そしていわばセカンドシーズンの始まりである本作では、川崎宿を舞台に妖怪・火車を巡る怪事件が描かれる。
 多摩川では黒焦げになった水死体が次々と発見され、飯盛旅籠(めしもりはたご)には口から火の吐息を吐(つ)く女の幽霊が出没。さらに旅籠の主人の息子が何ものかに取り憑かれた―― 一連の怪事件に、浮雲は土方、そして知人が火車の犠牲になった青年・才谷梅太郎(さいだにうめたろう)(!)とともに挑む。
 しかし憑きもの落としといっても、浮雲の手法は、丹念な調査と推理で死者の無念を晴らすことによって、死者を解き放つというものだ。はたして火車が抱える無念とは――死者と生者が絡み合う謎解きからは最後まで目が離せない。同時に、これまで伏せられてきた土方の内面も見逃せない。慇懃(いんぎん)な態度の陰に隠してきた強い人斬りの衝動との戦い、ファム・ファタール的女性の登場に揺れる心――才谷とのやり取りも含め、ファン必読だ。
 舞台も登場人物も一新した新シーズンは始まりが肝心だが、本作はこれまでの展開を踏まえつつも新たな要素を加え、見事な第一歩を踏み出した。ここからの読者にもお薦めできる、幕末ホラーミステリの快作である。

三田主水
みた・もんど●文芸評論家

青春と読書
2023年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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