『乱菊』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
首斬人という生業を継いだ男の極致
[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)
光文社文庫では「介錯人別所龍玄始末」シリーズの既刊三冊『無縁坂』『川烏(かわがらす)』『黙(しじま)』を文庫にて改めて連続刊行、四ヶ月目に新刊『乱菊』を上梓した。
龍玄の生業は、凄腕の介錯人、どれだけ武士として高い矜持(きょうじ)を持っていたとしても“不浄”とされる。
本書はその龍玄がいかなるゆくたてで様々な切腹場に臨むかが描かれている。
どれだけ、平穏な日常が描かれていようとも―それは時には斬首する相手との交誼(こうぎ)であったりもする―ラストには凄惨な場面が待ち構えている。
作中人物の一人が、首斬り人は凄腕であるだけではつとまらない、器量がいる、と言う。
ここで言う器量とは、これから命を断つ相手の生のすべてを受け入れ、それを断つ、人としての器の大きさのことであろう。
したがって、龍玄の日常はその凄惨な生業とは無縁の美しい妻、百合、そして幼い娘の杏子とのかけがえのない毎日の上に成り立っている。
首を斬られる者にもそれぞれの人生があり、それを一瞬にして断つ事の重みを龍玄は充分に知り得ており、斬り終えた後にはそれを心の中に葬らねば明日を生きる事は不可能なのである。
その重い役目を背負って、日常を普通に生きる―これぞ真の武士、誠のもののふでなくて何であろう。
私はこのシリーズを読むたび、辻堂魁(つじどうかい)が創造した、別所龍玄という主人公と出会える事に感謝せずにはいられない。
だから、私は龍玄が一瞬にして断つ武士の無念、怒り、そして報われなかった矜持に涙を流さずにはいられないのである。