“君たちはどう観るか” 生き証人による全作品の記憶と証言
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
7月14日、宮崎駿監督の新作『君たちはどう生きるか』が公開された。時代背景は戦時中。東京から地方に疎開してきた少年が体験する、一種の冒険ファンタジーだ。空襲で失った母。鬱屈を抱えた自分。そんな現実世界と、もう一つ別の世界とが交錯していく。村上春樹の小説にも負けない数々の暗喩。先が読めない展開。見る側は困惑と陶酔の中で画面を追っていくしかない。
宮崎の拠点であるスタジオジブリが設立されたのは、『風の谷のナウシカ』が公開された翌年、1985年のことだ。この時から現在まで、鈴木敏夫はジブリのプロデューサーとして活躍してきた。巨匠・宮崎駿を世界でただ一人、「宮さん」と呼べる人物かもしれない。
そんな鈴木の責任編集で出来上がったのが、ジブリの通史ともいえる本書だ。最も興味を引くのは全作品についての鈴木の記憶と証言である。何しろ宮崎は「終わったことはどうでもいい」人であり、「大事なことは、鈴木さんが覚えておいて!」が口癖だという。鈴木は生き証人だ。たとえば、『もののけ姫』(97年公開)の映画化を宮崎に提案したのは鈴木だった。宮崎の年齢などを踏まえ、「時代劇を制作できるタイミングは今しかない」と感じたのだ。しかし24億円にまで膨らんだ製作費を回収して利益を上げるには、配給収入60億円が必要だった。鈴木は前例のない宣伝計画を練っていく。
また『千と千尋の神隠し』(2001年公開)は、「宮崎が当初考えていたストーリーと大幅に違う形で完成している」そうだ。中でもカオナシというキャラクターの存在が大きい。「人間の心の底にある闇、(中略)“無意識”を象徴」するカオナシが、あらゆる欲望を飲み込みながら暴走する。そこには鈴木が考える「現代との格闘」があった。新作『君たちはどう生きるか』が描く格闘の意味とは何なのか。ぜひ劇場で確かめていただきたい。