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〈戦後史と警察捜査小説〉敗戦後の組織の歪みが捜査を通じて浮かび上がる
[レビュアー] 若林踏(書評家)
刑事たちの目が、戦後の知られざる風景を映し出す。坂上泉『インビジブル』は戦後間もない大阪を舞台にした警察捜査小説だ。
敗戦後、日本の警察機構は一九四八年に施行された警察法のもと、米国式の自治体警察と、財力の無い零細町村部を所管する国家地方警察の二本立てに再編された。そのとき発足した大阪市の自治体警察が「大阪市警視庁」だ。東京に置かれた首都警察以外に“警視庁”を冠した組織が存在したという史実が、物語の重要な背景になっている。
主人公の新城洋は大阪市警視庁に勤務する叩き上げの刑事である。第五福竜丸被曝事件が起きた一九五四年、新城は大阪市警視庁に入庁して初めて殺人事件を取り扱うことになる。それは麻袋で頭部を首元まで覆われた死体が発見された事件だった。
刑事達が丹念に事実を追う過程を描いた、幹の太いプロットを持つ小説だ。本作では新城の他に国家地方警察のエリートである守屋という刑事も登場し、バディものの要素も備わっている。全く対照的な二人の刑事の掛け合いから、終戦後の大阪が抱える歪みが浮かび上がるのが興味深い。
戦後の実在の事件に材を取り、その暗部に迫る警察小説の作例は『インビジブル』以外にも多い。例えばデイヴィッド・ピースの『TOKYO YEAR ZERO』(酒井武志訳、文春文庫)。終戦直後に東京近辺を震撼させた「小平事件」を題材にしながら、破壊的なノワールの要素をまとった作品である。本作の後、ピースは『占領都市 TOKYO YEAR ZERO II』『TOKYO REDUX 下山迷宮』(ともに酒井武志訳、文藝春秋)を刊行し、終戦後の闇を炙り出す〈東京三部作〉を完結させている。
年代記の形式を用いて、より長いスパンで日本の戦後史を描き出そうとした警察小説もある。月村了衛『東京輪舞』(小学館文庫)がそれだ。かつて田中角栄に憧れた一人の公安の視点を通し、ロッキードから地下鉄サリンまで、日本を揺るがした大事件の裏面史が語られる壮大な小説だ。