親は正しい教育と信じ込んでいるから
[レビュアー] 佐藤健太郎(サイエンスライター)
早川書房から新レーベル「ハヤカワ新書」が登場した。その創刊の五点から、石井光太『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』をご紹介したい。
二〇一八年に滋賀県で起きた、母親バラバラ殺人事件をご記憶の方は多いだろう。被害者である母親は、娘に医学部への進学を強要し、九年もの浪人生活を送らせていた。成績が伸びないと、娘の腕を包丁で切りつけたり、熱湯を浴びせたりしていたという。長年の虐待に耐えかねた娘は、ついに母親を刺殺し、解体するという凶行に及んだのだ。
こうした教育虐待は、はっきりした定義もなされておらず、表には出てきにくい。しかし子供の心には深い傷を残し、非行の原因となったり、パニック障害など各種精神疾患といった形で表れてきたりもする。
腕力や経済力で押さえつけられた子供には逃れる手段がないし、そもそもそれが虐待であることを認識していない場合も多い。また親の側も、自分がしているのは正しい教育だと信じ込んでいるから、虐待は改められることもなく密室で静かに進行してしまうという。
本書に載っている事例は、いずれも苛烈なものだ。しかしここまでひどくはなくとも、子供に長く悪影響を与え続ける「プチ教育虐待」は、かなりの頻度で起きていることだろう。中学受験、早期英才教育が過熱化する中、「教育熱心」から一歩踏み外してしまう可能性は誰にでもある。子供のよりよい未来を願う方々に、一読をお勧めしたい。