『徹底検証 沖縄密約』
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『徹底検証 沖縄密約 新文書から浮かぶ実像』藤田直央著(朝日選書)
[レビュアー] 井上正也(政治学者・慶応大教授)
返還交渉 核合意への過程
沖縄返還五〇周年にあたる昨年は、返還交渉をめぐる様々な関連書が刊行された。だが、その大半はこれまでの研究の焼き直しの域を出ないものであった。これに対して本書は、最新の学術研究を踏まえながら、著者自ら新史料や証言を掘り起こすことで、返還交渉の再検証を試みている。
本書の中心は、佐藤栄作首相の密使として核密約の合意に関わった若泉敬だ。緊急時にアメリカの核兵器を沖縄に再び持ち込むことを日本が認めた秘密の合意議事録は、若泉が死の直前に刊行した回顧録によって世に知られた。ところが、当時の日本政府関係者は若泉の暴露を黙殺し、後に民主党政権下で発足した有識者委員会も、合意議事録を「必ずしも密約とは言えない」と結論付けた。
だが、その結論は正しかったのか。本書は、新たに発見された核密約の締結手順を詳細に記した若泉のメモなどをもとに、沖縄返還における密約の誕生過程を検証している。若泉メモからは、表の共同声明と裏の合意議事録が一体として扱われる認識を彼と佐藤首相が共有していたことが分かる。核密約は、やはり沖縄返還の「核抜き・本土並み」の理念を骨抜きにするものであり、若泉は誰よりもそのことを悔恨していたのだろう。
若泉と沖縄返還交渉をめぐっては、今も研究が進められている。近年注目されているのは、若泉も参加した佐藤政権の有識者会議である沖縄基地問題研究会の記録だ。佐藤首相と彼のブレーンたち、外務官僚がそれぞれ異なる思惑から沖縄の返還形態を議論しており、そのなかから核密約につながる前提条件が輪郭を現してきたのだという。
密約と聞くと、とかく史料発見のスクープや、政府の隠蔽(いんぺい)体質批判へ関心が向きがちだ。だが、大切なのは新たに発見された史料に真摯(しんし)に向き合うことで、沖縄返還とは何であったかという解釈を更新し続けることであろう。歴史とは、現在と過去との間の尽きない対話だということを改めて教えてくれる調査報道の記録である。