”犯罪者予備軍”の駆け込み寺のNPO法人!? クセ強すぎのミステリ「あなたには、殺せません」

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あなたには、殺せません

『あなたには、殺せません』

著者
石持 浅海 [著]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784488028961
発売日
2023/07/10
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ミステリファンも舌を巻くクセの強さ 第二話の振り回される感覚は格別

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 奇抜な設定に、奇妙な登場人物。石持浅海『あなたには、殺せません』は捻(ひね)くれた物語ばかりが揃う、癖の強い連作短編集だ。

 本書に収められているのは、いずれも倒叙ミステリと呼ばれる犯罪小説に該当するものだ。事件を探偵役ではなく犯人の側から描く形式を指す言葉だが、本書は通常の倒叙ものとはちょっと異なる部分がある。主人公はみな誰か殺したい人間がいるのだが、さまざまな理由で殺人を実行しようか悩んでいる者たちなのだ。“犯罪者予備軍”というべき彼らは悩んだ末に、あるNPO法人に助けを求める。そのNPO法人は犯罪を行おうと考えている人々を思い留まらせる為に、“犯罪者予備軍”たちの話をじっくり聞くという活動を行っているのだ。

 犯罪をしようか悩んでいる者の駆け込み寺、という発想がまず笑いを誘う。さらに変なのは、そのNPO法人に勤める相談員だ。細いフレームの眼鏡をかけた、一見すると平凡なサラリーマンに思える男性が“犯罪者予備軍”の相談に乗るのだが、そのやり取りが実に可笑しい。相談者が話す犯罪計画の不備を、この相談員は論理的に次から次へと指摘していくのだ。大抵の倒叙ミステリでは事件が起きた後に探偵役が計画の綻びを暴いてみせるが、本書では犯罪が行われてもいない段階で理詰めの展開が用意されている。この捻(ね)じれ具合は、年季の入ったミステリファンでも舌を巻くに違いない。

 これまでの倒叙ものの形式を打ち破るような設定であるが故に、物語の展開も油断のならないものになっている。話がどのような着地をするのかが見えず、絶えず緊張感に晒されている気分になるのだ。特に第二話「夫の罪と妻の罪」の振り回されるような感覚は格別。夫が人を殺す瞬間を目撃した妻が主役の話なのだが、最初から最後まで全てが歪み切ったまま物語が走り続ける。この作者、本当に意地が悪い。

新潮社 週刊新潮
2023年8月10日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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