『こんとんの居場所』
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<書評>『こんとんの居場所』山野辺太郎 著
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
◆自我&身体の拡張と消滅
穴を掘って日本とブラジルを直線で結ぶまでを描いた『いつか深い穴に落ちるまで』。二〇一八年、そんなトンデモ奇想小説で作家デビューしたのが山野辺太郎だ。
最新作品集『こんとんの居場所』の表題作もかなりユニークな小説といっていい。主人公は河瀬純一、二十五歳。大学卒業後は就職もせず引越のアルバイトをしていたものの、そこも辞めてしまう。そんな時スポーツ新聞の求人欄で目にしたのが<渾沌(こんとん)島取材記者/経験不問要覚悟/長期可薄給裸有>という三行広告。別れた元恋人に話せるような近況がほしいという一心から、<こんとん>という島なのか生命体なのか判然としない存在の調査と保護を目的とする船に乗り込むことになる。
自分同様求人に応募してきた千夜子と共に、素っ裸になってぬめりのある表面が快い刺激をもたらす渾沌島に上陸した純一。二人がそこで何を体験するかは読んでのお楽しみだけれど、読めばわかるのは、これが自我&身体の拡張と他者との同化についての物語だということだ。
一方、自我&身体の消滅と他者との同化について描かれているのが、併録の「白い霧」。十三歳の藤原翔太はプログラミングを独習し、自身の分身ともいえる人工知能・ラムセス81世を創出してしまう。ハッキングの腕試しに防衛省のコンピューターシステムに潜って見つけたのが、生後半年で生き別れた父親のハンドルネーム・ラムセス80世が残したメッセージ。<みんな蒸発。やっちゃう?[Yes/No]>。翔太が「Yes」と答えてみたところ…。
「こんとん」とは何なのか。作中で<生命の進化の極限状態>と示される「蒸発」のメカニズムはどうなっているのか。作者は科学的見解を一切示さず、力技でこの二つの不可思議な物語を立ち上げている。でもハードSFじゃないのだから、それでいい。重要なのは一見バカバカしい物語の底の底に横たわっている自我や生命という命題に向ける哲学的な問いだ。笑いながら考えさせられる。山野辺太郎は本当に不思議な小説家だ。
(国書刊行会・2090円)
1975年生まれ。作家。著書『孤島の飛来人』など。
◆もう一冊
『ブラッド・ミュージック』グレッグ・ベア著、小川隆訳(ハヤカワ文庫SF)