<書評>『女ことばってなんなのかしら? 「性別の美学」の日本語』平野卿子 著

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女ことばってなんなのかしら?

『女ことばってなんなのかしら?』

著者
平野 卿子 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
語学/日本語
ISBN
9784309631622
発売日
2023/05/29
価格
946円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『女ことばってなんなのかしら? 「性別の美学」の日本語』平野卿子 著

◆「意思表明は男性」という悪弊

 ミュージシャンが来日公演を行うとして、その宣伝コメントの邦訳は、年配の男性なら「楽しみにしています」、若い男性なら「楽しみだぜ」、女性はもれなく「楽しみにしているわ」になりやすい。この語尾を決めているのは誰か。慣習なのか、伝統なのか。

 女性が「腹減った」や「マジでクソ暑い」と言えば、「女らしくない」という反応が待っている。男性はそれらを難なく言ってしまえるのに。

 女性が「僕」を使えば、それを一風変わった特徴として捉える。一方で、男性が女性の所作を茶化(ちゃか)すように真似(まね)る時には「アタシ」が使われやすい。「女ことば」から「日ごろ何げなく使っていることばをジェンダー格差の視点から見つめなおそう」とする本書は、「女ことば」は「為政者の都合によって推奨され、広まったもの」にすぎない、と早々に明らかにする。では、なぜこうして残っているのか。

 日本語は英語と比べると主観的な言語だが、話者が明確な意見表明を好まない。「帰りに一杯どう?」に対して「嫌です」ではなく、「今日はちょっと……」と答える。罵倒語や悪態は少ない。いざという時に「ふざけんな」「てめぇ」を使いやすいのは男性で、辛(つら)いかもしれないが頑張れ、と投げかける場合、「男だろ!」とは言っても「女だろ!」とは言われない。

 次の一節に膝を打った。「男という字を使った漢字が非常に少ないのに、女を使った漢字がたくさんあるのも、不思議といえば不思議ですが、男はすでに人間全般を代表しているので改まって表現する必要がないからではないでしょうか」

 数年前、「女性の多い会議は時間がかかる」と発言して批判された組織のトップの男性がいた。彼は、自分の発言のどこが問題だかわからないままだったようだが、ずっとわからないままでも、強い権力を保持できたのだ。

 男性優位社会と日本語の曖昧さが巧妙に掛け合わさり、「日本語にしみ込んでいる根深い性差別」が温存される。なぜだ、と何度も問いかける。

(河出新書・946円)

1945年生まれ。翻訳家。訳書にT・マン『トーニオ・クレーガー』など。

◆もう一冊

『女ことばと日本語』中村桃子著(岩波新書)

中日新聞 東京新聞
2023年8月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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