『存在の耐えられない軽さ』
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どうしても嫉妬せずにはいられないの
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介
今回のテーマは「嫉妬」です
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ミラン・クンデラが今夏亡くなった。なぜノーベル文学賞を取れなかったのだろう。『存在の耐えられない軽さ』(西永良成訳)を読み返すだに、受賞に値する作家だったという思いがつのる。
ヘヴィーな主題を抱えながら、洒脱な筆遣いで重さと軽さを絶妙に共存させている。次々に転調していく音楽に心を奪われるような読書のひとときを味わえる。民主化運動がソ連の介入で封殺された後のプラハの状況は、今読むとひときわリアルに迫ってくる。しかもそこで繰り広げられる恋と性のドラマは新鮮な感覚にあふれている。
男二人女二人の登場人物のうち、とりわけ共感を呼ぶのは、根っからの浮気者であるトマーシュに愛を捧げるテレザの姿だ。彼女にとってトマーシュと暮らすことは、絶えざる嫉妬のとりことなることを意味する。救いはいつになっても得られない。「どうしても嫉妬せずにはいられないの。あたしは弱虫なのよ。ねえ、どうか、あたしを助けて!」
トマーシュは、そんな彼女に深く同情し、愛しく思う。そして彼女を裏切り続ける。
二人の間に子どもはいないが、一匹の犬がいる。カレーニンと名付けられたその犬が、大きな役割を演じる。エゴに囚われた人間たちの限界の彼方、あるいは手前に広がっているはずの楽園を、無邪気なカレーニンの存在は象徴する。終盤、カレーニンのいじらしさと、ご主人たちのありさまの対照によって、物語の切なさは一段と深まるのである。