女性ヒーロー=「魔女」の列伝 今まで曲解されてきた女性たちに向き合う

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世界史の中のヤバい女たち

『世界史の中のヤバい女たち』

著者
黒澤 はゆま [著]
出版社
新潮社
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784106109966
発売日
2023/05/17
価格
858円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

女性ヒーロー=「魔女」の列伝 今まで曲解されてきた女性たちに向き合う

[レビュアー] 藤本由香里(明治大学教授)

 冒頭から膝を打った。

 いわく、女のヒーローの話はまだまだ数が少なく、あっても善良さや自己犠牲ばかり強調されているような印象を受ける。「男のヒーローだったら別に善い人じゃなくても我が儘でも、力があってずる賢かったら、少々のこと、国を一つか二つ潰してしまう程度のことは、多めに見てもらえるのに」。

 まさに、そうなのだ。

 以前、『文藝別冊 総特集*大和和紀』で評論を書いた際、『はいからさんが通る』の主人公の紅緒を「実際にいたら迷惑女」とする雑誌の座談会に対する違和感から、次のように考察したことがある。

 したいこと、したくないことがはっきりしていて、直情径行の性格を持つ紅緒は、たしかに突っ走って周囲に迷惑をかけることがある。しかし彼女は、新しい時代を切り拓く突破力と革命力を持っている。もしも紅緒が男だったら、「あっぱれな奴」「少々欠点はあるが、腕も立つし、第一、気持ちのいい男だ」と評されるであろう、と。

 世の中、かくも、同じことをしても、男と女とでは評価が違ってくるのである。

 本書第一章を読み進めると、もっと激しく、首が痛くなるほど同意した。

 第一章は有名なアーサー王が、「すべての女性が望むことは何か?」という問いを悪い騎士から投げかけられて、一年間、自分の命がかかったこの難問の答を探し求める、という物語である。

 ネタばれになるが、先に答を言ってしまうと、すべての女性が望むこと、それは、「自分の意志を持つこと」。

 そして本書は続ける。自分の意志をもち、それを貫いた女性は、歴史上、「魔女」と呼ばれてきたのだと。

 「魔女のwitchの語源はwise woman、つまり賢い女性。自分の意志を持とうとした賢い女性は、これまでの人類の歴史のなかでは、決まって魔女と罵られ、老婆の醜い姿に変えられてきたのです。」

 いわば本書は、その魔女たち=女性ヒーローたちの列伝である。

 なかには、ジャンヌ・ダルクやナイチンゲールのような、有名な女性偉人像のとらえなおしもあるが、『戦争は女の顔をしていない』に代表される独ソ戦の女性兵士の話や、ウクライナの過激な聖人オリハの話などもあり、本書の多くは、おそらく読者もはじめて知る女性たちなのではないかと思う。

 なかでも印象的なのは、「アステカ王国を滅ぼした女 神の通訳マリンチェ」の章と、千変万化のアフリカの女戦士であり外交官、「偉大な女王ンジンガ」の章である。

 後者は、映画やネットフリックスの連続ドラマにもなっているのでご存じの方もいるかもしれないが、第一級の戦士・指揮官として軍を率いたかと思えば、腕や指に宝石をきらめかせたドレス姿で現れ、大国相手に一歩も引かず要求をのませる外交手腕を発揮したかと思えば、一転して簡素な服装に十字架をつけたキリスト教徒として生きる。その次々に彩を変える人生は、巨編人気少女マンガもかくや、と思われるほど魅力的である。

 また、一旗上げようと新大陸にやってきた、もともとはうだつのあがらない貧乏貴族だったスペイン人コルテスがアステカ王国を滅ぼすことができたのは、奴隷に売られた女性マリンチェの、神話を基にした策謀があったことや、そのアステカ王国征服のいきさつについては、今回、本書で知って驚愕した。

 コロナ前に二度、メキシコへ行き、滅ぼされた偉大な帝国の跡を目の当たりにしてきたので驚きはなおさらである。

 そしてマリンチェもンジンガも、女性という「性」を持つゆえに、胸が痛むというような言葉ではとても表せないような凄惨な目にあっている。

 かたやその復讐のためにアステカ王国を滅ぼし、史上初めてのメスチーソ(征服者と被征服者の混血児)を産んだマリンチェ。かたやポルトガルへの服従を退け、二〇年間アンゴラの独立を守り続けた女王ンジンガ。

 彼女たちが求めたのは〈新しい世界〉――世界を革命する力だ。

 本書は間違いなく、今まで知られていなかった、あるいは曲解されていた女性たちの「意志」と、同時に彼女たちが直面せざるを得なかった「呪い」について、私たちが理解し、向き合うための力となってくれることだろう。

週刊読書人
3501号(2023年8月11日) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読書人

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