『ラウリ・クースクを探して』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『ラウリ・クースクを探して』宮内悠介著(朝日新聞出版)
[レビュアー] 小川哲(作家)
ソ連崩壊 裂かれた友情
書籍には押し並(な)べて何かの偉業や、偉業を成した人物や、あるいは特異な事件や、事件に巻き込まれた人々についての情報が書かれている。本書はそれらに当てはまらない。偉業を成し遂げることができず、事件に巻き込まれた当事者でもなく、ただ時代に翻弄(ほんろう)された人物の話であり、特定の才を持ちながら基本的には凡庸な人間の話であり、周囲の人々の影響によって正しい道を歩み、ときに誤った道に迷い込んだ人物の話である。つまりは私やあなたの話だ。
語り手の「わたし」は、ラウリ・クースクという人物の行方を追っている。ラウリはソ連時代のエストニアの田舎に生まれ、黎明(れいめい)期のコンピュータ・プログラミングに取り憑(つ)かれた人物だ。その才能を見込まれ、都会であるタルトゥのロシア系中学校に進学する。そこでライバルであり、かつ親友となるロシア人のイヴァーノフ・クルグロフと出会う。二人は切磋琢磨(せっさたくま)し合いながらアイデアを生み出し、低機能の8ビット機に高度なプログラミングをしていく。しかし、そんな二人をソ連の崩壊が引き裂く。
本書はラウリの数奇な、しかし同時にありふれた人生を追いかけていく話である。前述した通り、ラウリ・クースクは何かを成し遂げた人物ではない。いったい語り手の「わたし」はなぜそんな人物を探しているのだろうか。ラウリは今どこで、何をしているのだろうか。そんな謎を主題としながら、ソ連崩壊という大きな歴史の隙間を、ラウリはゆっくりと歩んでいく。
本書は狭義のミステリーではない。同時に、狭義のボーイズラブでもない。狭義の純文学でもないし、狭義のSFでもない。それと同時に、ミステリーでありボーイズラブであり、純文学でありSFでもある。ラウリが何者でもなかったように、本書も何物かにカテゴライズされることを避けつつ、売り文句やジャンルという属性を拒否しながら、上品で情感のある筆致で最後まで走り抜けるのだ。