ヤングケアラーや虐待を描いた作品、禁教令があった時代にしか成立しない謎解きがある時代小説など 書評家が紹介する6冊

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  • 藍色時刻の君たちは
  • サクラサク、サクラチル
  • 今夜も愉快なインソムニア
  • 霜月記
  • 虎と十字架 南部藩虎騒動

新エンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

物語には、人を勇気づける力があります。辛くて、考えこんでしまって、もしくは暑過ぎて、眠れない夜に、一度本を開いて本の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか。書評家・大矢博子さんが雑誌「ランティエ」(2023年10月号)に掲載した、辛さ忘れるエンタメ小説を紹介します。

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 この号が出る九月一日は防災の日、一九二三年に関東大震災が起きた日である。その後も日本は幾度となく大きな自然災害に見舞われてきた。中でも二〇一一年の東日本大震災の衝撃と傷は、十年以上経った今でも生々しく思い出される。前川ほまれ『藍色時刻の君たちは』(東京創元社)は、宮城県に暮らし、大震災に直面した高校生三人の物語だ。

 この三人は震災前から共通の問題を抱えていた。当時はまだその呼び名も知られていなかった、ヤングケアラーという立場だ。統合失調症の母を抱え、頼りの祖父が脳梗塞で倒れた小羽。双極性障害の祖母を介護する航平。アルコール依存症の母と幼い弟の世話をする凜子。家族のことは家族が面倒をみるのが当たり前という風潮の中、三人は誰にも助けを求められずにいた。そんな彼らに手を差し伸べたのは、東京からやってきた中華料理店のバイトの女性、青葉だった。

 物語は彼らの生活を克明に描いたあと、震災を挟んで十年後に飛ぶ。東京で看護師になった小羽は旧友たちと再会し、あらためて過去に向き合う──。

 圧巻だ。いつ果てるとも知れない介護の現実にくわえ、それを仕方ないと、当たり前のことだと受け入れている高校生の姿が胸を揺さぶる。自分の人生を生きて欲しいとか、プロに委ねて自由になってとか、外から言うのは簡単だ。けれどそんな言葉が届くような場所に当事者たる彼らはいないのだという事実に暗澹たる気持ちになった。それでもさまざまな葛藤や後悔を乗り越えて将来を掴む彼らの姿は、大きな救いと希望を与えてくれる。何より、ヤングケアラーなどという言葉を生んでしまった我々大人の責任を痛感する。

 辻堂ゆめ『サクラサク、サクラチル』(双葉社)もまた、家族の問題を描いた力作だ。東大に入ることを至上命令とされ、すべての生活スケジュールを親に管理される高志。成績が落ちたり門限に遅れたりすると食事を抜かれ、殴られるのも「自分が悪かったのだから当たり前」と考えている。そんな高志に「同じ匂いがする」と声をかけてきた愛璃嘉は、ろくに働かない母の面倒を見ながらバイトで生活を支えているという。愛璃嘉と話すうちに自分の置かれている状況が虐待であるとようやく認識した高志は、二人である復讐計画を練る──。

 これまた辛い。辛いんだが、復讐計画とは何なのかという謎や高志に嫌がらせをする犯人の正体などミステリ的な興味が用意されていることや、高志も愛璃嘉も互いに

「わかってくれる相手」が存在することなどが、虐待描写の辛さを和らげてくれるのが救い。しかも終盤の復讐計画は実に爽快で未来への希望に満ちているので、安心してお読みいただきたい。それにしても、『藍色時刻の君たちは』でも感じたが、話せる相手がいることで自分の置かれた環境を相対化できる様子を見ると、辛い状況にある子を孤立させないことがいかに大事か思い知らされる。

 ヤングケアラーに虐待と、読む側のメンタルをごりごりに削ってくる話が続いたので、がらりと気分を変えて愉快な話を。烏丸尚奇『今夜も愉快なインソムニア』『今夜も愉快なナイトメア』(ハルキ文庫)の二作である。タイトルが愉快を謳っているので間違いない。

 二ヶ月連続で刊行されたこのシリーズの主人公は医者の錦治人。もとは外科医だったが当直中に起きた医療事故をきっかけに不眠症となった。日中は眠気でメスが握れず、休職を余儀なくされたとき、症状改善のために通っていた睡眠障害専門の診療所の臨時医を頼まれる。すると自分は連続殺人鬼なのではという不安を抱く患者や、恋人が外国のスパイだったと言い張る患者などの厄介ごとに巻き込まれ、それこそ寝る暇もないほど駆け回る羽目に……。

 というのが一作目のあらすじ。二作目では悪夢に悩まされる患者たちに、やはり翻弄される。ともに錦が複数の厄介ごとを解決するとともに、物語を貫く大きな謎をそれぞれ解き明かすという構成の連作だ。

 個々の謎解きは易しいが、テンポの良さと登場人物の魅力に背中を押され、実に楽しく読める。不眠や悪夢という大きなストレスを扱いながらも、ドタバタと右往左往する錦を見ると「どうにかなるさ」と心が軽くなるのだ。

 そしてこれもまた気づけば家族の物語が中心にある。外科医であることに価値を見出す両親とのすれ違い。唯一の理解者である妹。二作を通してその家族の溝が少しずつ埋まっていく過程が、実は密かにして大きな読みどころだ。

 時代小説に目を向けよう。七月から八月にかけて注目の時代小説が立て続けに刊行された。どれから読めばいいのやらと迷うが、ここまで家族の物語を紹介してきたので、まずは親子三代を中核に据えた砂原浩太朗『霜月記』(講談社)にしよう。

 失踪した父のあとを継いで町奉行となった草壁総次郎が主人公。十八歳という若さでの奉行職にプレッシャーを感じながらも日々務めていたが、ある日、殺人現場で父のものと似た根付を発見。一方、かつて奉行を務めた祖父の左太夫もまた、別のきっかけでこの殺人を追うことになる。

 名判官と呼ばれた祖父、失踪した父、若くして奉行になった息子、三世代の物語だ。血は繋がっていても互いのすべてを理解できるわけではない。父が偉大であればあるほど、同じ役目を継ぐ息子が受ける重圧は増す。子に、孫に、何を伝えてやれるのか。父を、祖父を、どう追いかければいいのか。家と職が不可分だった時代の話だが、底に流れるテーマは現代も同じだ。家族だからこそ分かり合えない部分と、家族だからこそ繋がっている部分の描写が絶妙。

 家族小説であり、殺人事件と並行して父の失踪の謎を追うミステリでもあり、総次郎の成長小説でもある一冊だ。

 平谷美樹『虎と十字架 南部藩虎騒動』(実業之日本社)もエキサイティングな時代ミステリである。江戸時代初頭、家康がカンボジアから贈られた二頭の虎を南部藩に下げ渡した、という史実がある。本書はその虎が脱走したという事件で幕を開ける。あ、そこからはフィクションなので念の為。

 一頭は無事に捕獲したものの、もう一頭は問題児扱いされている若殿が射殺してしまった。将軍から拝領した虎を殺したとあってはお咎めは免れない。さらに虎の檻の中には苛烈な責め問いで死んだとおぼしきキリシタンの死体が餌として置かれていたが、その死体が消えてしまう。そもそも誰が虎を逃したのか、そして消えた死体の意味は──。

 ミステリとは普通、話が進むにつれて真相が絞られていくものだが、本書は終盤になればなるほど謎が膨らむ。これ本当に終わるのか、と心配になったところで急転直下、この真相には度肝を抜かれた。なんという「意外な犯人」か。江戸初期と言えば徳川による政治は始まったものの、まだ戦国時代の名残があり、キリスト教が禁止されてまだ日が浅い頃である。そんな時代でなければ成立しない謎解きであることにも感心した。

 最後に宮部みゆき『青瓜不動 三島屋変調百物語九之続』(KADOKAWA)を。人々が体験した不思議な話を、袋物問屋三島屋の次男・富次郎が聞く。宮部みゆきの人物描写の上手さについては今更説明するまでもないが、山出しの明るい女性から大店のぼんぼん、地方から出てきた無骨な職人に至るまで、性別も年齢も身分も来歴も違う人々が本当にそこにいるかのように生き生きと描き出す手腕はさすがである。

 特に表題作の「青瓜不動」がいい。男に騙されて妊娠した子をわざと流したお奈津は、可愛がってくれた叔母が亡くなったあとで家出を決意する。姑にいびられて婚家を逃げ出した叔母を利用するだけして、死んだら弔いもせず無縁墓に投げ入れた父に愛想を尽かしたのだ。お奈津は荒れ寺に住み、日雇いの賃仕事をして暮らし始める。そこに次第にさまざまな女性が集まるようになり──。

 産めない女が悪い、我慢しない女が悪い、従わない女が悪いという価値観の中、行き場を失った女たちが集まる場所を牽引するお奈津が魅力的。辛い昨日を見て嘆くのではなく、今日できることをやり、明日の実りを楽しみに待つ。そんなささやかで当たり前の生活を、世を呪うことなく自分の才覚と腕で手に入れる度胸と行動力に胸がすく思いだ。

 第二話「だんだん人形」の村人たちも、代官の圧政で悲惨な末路に追い込まれるまでは、米の育たない土地で協力して味噌や土人形を作り、その日その日を幸せに暮らしていた。本人に咎があるわけでもないのに、政治や偏見で不幸に追いやられ、それでもその思いを受け継いでまた立ち上がる人々のなんと逞しいことか。こういう人々を描いてくれるから、宮部みゆきの小説は読者を勇気づけるのだ。 今月は家族の話、と思ってセレクトしたが、気づけばどれも本人に責任のない不幸から立ち上がる物語でもあることに気づいた。いずれも読者を励ましてくれる物語ばかりだ。

 他に蝉谷めぐ実『化け者手本』(KADOKAWA)や伊吹亜門『焔と雪 京都探偵物語』(早川書房)、万城目学『八月の御所グラウンド』(文藝春秋)など注目作も相次いで刊行。九月にはついに十七年ぶりの百鬼夜行シリーズ新刊、京極夏彦『鵼の碑』(講談社)が刊行予定だ。まだまだ当分、眠れない夜が続きそうである。

角川春樹事務所 ランティエ
2023年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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