完全翻訳版が嬉しいSFの至宝 映画化2作は…退屈? 凡庸?

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完全翻訳版が嬉しいSFの至宝 映画化2作は…退屈? 凡庸?

 20世紀最高のSF作家と称されるスタニスワフ・レム。ポーランド語で書かれた彼の作品の中でも特に有名なのが、’61 年に発表された『ソラリス』だろう。日本では『ソラリスの陽のもとに』という邦題で’65 年に出版、多くのSFファンに読まれてきた名作である。だが、この日本語版はソ連で出されたロシア語版からの訳。ロシア語版は原作のポーランド語の表現と微妙に違っている箇所が多い上に、ソ連当局の検閲でかなりの部分が削除されていた。2015年にポーランド語原典からの完全翻訳版『ソラリス』が出た。人間の知性や理性を超えた未知の存在とのコンタクトは不可能に違いないというレムの考えがより理解できる新訳だ。

 惑星ソラリスの表面はほとんどがドロドロのゼリー状のもので覆われていて、研究者たちはそれを「海」と呼んでいた。「海」は意思を持っているようだが、知的生命体なのかは長年の調査でも解明できなかった。「ソラリス・ステーション」に新たに派遣されたクリス・ケルヴィンは、「海」がもたらした奇怪な現象に精神を蝕まれた研究者たちの姿を見て愕然とする。やがて、彼自身も人間の理解を超えた恐ろしくも甘美な現象に囚われていく……。

『ソラリス』は2回映画化。’72 年にカンヌ映画祭審査員特別賞を受賞したアンドレイ・タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』と’02 年のスティーヴン・ソダーバーグ監督、ジョージ・クルーニー主演の『ソラリス』だ。

 日本では’77 年にタルコフスキーの『惑星ソラリス』が公開され、評論家や映画通を自任する人々は、難解さがタルコフスキーらしく、芸術的傑作と絶賛(カンヌで受賞したから誉めざるを得なかった?)。でも途中で寝た人が多かったのも事実。原作にはないケルヴィンの実家や両親が登場し、地上の場面が執拗に描かれる。「海」という理解不能な宇宙ではなく、悔恨・郷愁・愛という理解可能な人間の内面が主題となった。レムはインタビューで、タルコフスキーの解釈に対する不満と憤りを示している。ソダーバーグ作品はハリウッド好みのラブストーリーになってしまい、凡作としか言いようがない。

新潮社 週刊新潮
2023年10月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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