『ある限界集落の記録』
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『ある限界集落の記録』小谷裕幸著
[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)
テレビ番組「ポツンと一軒家」が長く愛されるのは、高齢の視聴者が遠い故郷を思うからだろう。戦後、全国の農村漁村から若者たちが都会へと移り住んだ。地方の過疎地は今、無人の原野に戻りつつある。
ドイツ文学者の著者は1940年、岡山の山村に生まれた。12の家族が暮らした昭和20年代の記憶は鮮明だ。戦時の苦難を経て初めて電灯が灯(とも)った日のこと、厳しくも豊かな自然との共生、知恵を絞った自給自足の生活、そして地面に這(は)いつくばり汗水垂らして働いた家族の姿。「不便」は決して「不幸」ではなかった。村をあげて祝ったハレの日の行事も、辞書には載らない方言も、記録せねば集落の消滅とともに永遠に失われてしまう営みだ。評者も亡き祖父母が暮らした山村の光景を思い出した。6年前、これが最後と両親と訪ねたとき、集落はすでに無人。愛(め)でる人のない燃えるような紅葉がただ夕陽(ゆうひ)に照らされていた。
著者は文中の固有名詞は大きな意味を持たないという。それは日本の「集落の伝記」だからだ。消えゆく故郷に生きた、名もなき人々への深い鎮魂の書である。(富山房企畫、2200円)