資本主義の過去・現在・未来を一望する骨太な問題提起

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経済学の冒険

『経済学の冒険』

著者
塚本恭章 [著]
出版社
読書人
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784924671614
発売日
2023/09/05
価格
3,960円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

資本主義の過去・現在・未来を一望する骨太な問題提起

[レビュアー] 田中秀臣(上武大学教授)

 マルクス経済学の泰斗だった故・高須賀義博から書評の手ほどきをうけたことがある。書評とは、評している著作とは独立したひとつの作品であり、また科学や文化の進歩を担うものだ、というのがその教えだ。だが、現代の経済学は専門化がすすみ、単に論文が掲載された学術誌のランクで評価される傾向が強い。専門化と書いたが、権威主義が目立つムラ社会化である。広く世に書籍を問い、切磋琢磨する姿勢はむしろ出世の邪魔だと思っている経済学者が多い。書籍を軽視するので、書評は評価の対象外だ。

 その結果どうなるか。日本の経済学者たちの関心は内輪の評価だけを気にする社畜と大差なくなった。

 本書はその意味では例外中の例外だ。過去20年にも及ぶ経済学書への書評は、初収録を含めて100冊になる。すごい努力だ。しかも本書は単なる書評の寄せ集めではない。

 経済学の歴史を古代ギリシャから現代まで一望できるように工夫されている。歴史を貫くテーマは、資本主義の過去・現在・そして未来だ。実に骨太な問題提起だ。個人的には、旧ソ連の崩壊が単に社会主義経済の失敗だと見なされ、ろくに再考察されず放置された、という指摘が興味深い。旧ソ連の遺産が現代のウクライナ戦争にどう結びついたかを考察すればさらによかったろう。

 著者は上記のムラ社会の経済学者たちからみれば異端派である。資本主義の可能性と限界を考える上で、100冊の本からエキスをしぼりだし、書評という形で経済学者たちと対話を重ねる姿勢は真摯だ。また書評を書くことで、著者たちとのリアルな交流が実現し、彼らとの同時代史として読めるのも魅力だ。ムラ社会の一員ではない、本物の経済学者の実像を知ることができる。ただし新自由主義を単純に敵役にしたため、それを批判して終わらせていて、具体的な政策議論には結びついていない。この点が本書の弱点ではある。

新潮社 週刊新潮
2023年11月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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