現代アートの天才「バスキア」が子ども時代に母から贈られた驚くべき本とは?

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バスキア

『バスキア』

著者
パオロ・パリージ [著]/栗原 俊秀 [訳]/ディエゴ・マルティーナ [訳]
出版社
花伝社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784763420756
発売日
2023/08/07
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

カネと野心と支配欲に「監禁」されたジェットコースターのような伝記コミック

[レビュアー] 大竹昭子(作家)

 読みながら一九八〇年代初頭、ニューヨークに暮らしていたころの記憶がまざまざと蘇ってきた。街は汚れて危険も多く、その荒れた街路に絵を描く連中が現れた。バスキアはそのひとりで、時代の寵児となるも、二十七歳にしてドラッグの過剰摂取で没する。

 本書は彼の十年にわたるジェットコースターのごとき起伏ある人生を描いた伝記コミックだ。黒、白、赤、黄色、緑、青紫の限られた色遣いが、彼の過剰なエネルギーを際立たせ、街を駆け抜ける生を浮き彫りにする。

 驚くような事実が登場する。子どもの頃、自動車事故で長期間入院する。母が見舞いに贈ったのは『グレイの解剖学』という挿絵入りの医学書。入院中の息子にそんな本を贈るとは変わった母親だ。この本は彼に生涯にわたって多大な影響を与えることになる。

 アートとカネが結びつくのは、別段珍しいことではない。だが、七〇年代と違ったのは、画商たちがアートマーケットを意識的に創出し操作したことだ。バスキアはその標的になる。用意されたアトリエに「監禁」され、絵の具が乾かないうちに買い手がさらっていく。彼が描けば自動的にカネが入るシステムが作られたのだ。

 もうひとつ驚いたのは、アンディ・ウォーホルとのコラボレーションだ。この企画自体は知っていたが、それが彼にどう作用したかは知らなかった。肯定的な評価を期待したにもかかわらず、酷評が載ってバスキアは傷つき、ウォーホルと袖を分かつ。意外にナイーブな一面があったのかもしれない。

 ニューヨークは小さな島にカネと野心と支配欲が渦巻き、人間が動物のように振る舞う場所である。いや、動物のほうが自然界の掟が求める倫理に従うだろう。無慈悲な八〇年代ニューヨークが余すところなく活写されている。

新潮社 週刊新潮
2023年11月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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