『三人書房』柳川一著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

三人書房

『三人書房』

著者
柳川 一 [著]
出版社
東京創元社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784488020224
発売日
2023/07/28
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『三人書房』柳川一著

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)

乱歩謎解き 賢治・大観ら鍵

 今年は江戸川乱歩が大正12年に「二銭銅貨」でデビューして100年という節目の年である。乱歩こと平井太郎は、デビュー前の大正8年2月から翌年10月にかけ、二人の弟と「三人書房」なる古本屋を営んでいた。自製のスクラップブック『貼雑(はりまぜ)年譜』によれば、店は本郷区駒込林町の団子坂上にあった。

 本書の書名にもなっている表題作「三人書房」は、そこに持ちこまれたある謎を解く物語であり、語り手はこの店に身を寄せていた乱歩の友人井上勝喜である。本篇(ほんぺん)により作者はミステリーズ!新人賞を受賞した。本書にはその続篇4篇が併録され、いわゆる連作短篇集の体裁になっている。続篇のうち3篇が書き下ろしであり、すべて語り手が異なるという工夫がなされている。

 二作目の「北の詩人からの手紙」には宮沢賢治が謎解きの重要人物として登場する。『新校本 宮澤賢治全集』第十六巻下によると、賢治は大正7年から翌年3月まで妹トシの看病のため在京しているから、三人書房開業とかろうじて重なる。乱歩と賢治に接点があったかも、という設定にワクワクする。

 それだけでない。有名どころでいえば、宮武外骨や横山大観、高村光太郎も登場する。大観が語り手の一人となる一篇「秘仏堂幻影」は、デビュー直後の大正12年が舞台である。153頁(ページ)からページをめくった瞬間、そうか、と驚かされた。この年は乱歩にとってだけでなく、大観にとっても重要な年であったわけか。

 あの謎や、登場人物のあの行動が、乱歩ののちの作品にこうつながってくるという仕掛けも巧妙で、語り口も乱歩のそれを強く意識しているとおぼしく、大正の雰囲気がただよう。本書は物騒な謎というより日常の謎に近い謎解きの物語であるが、そんな謎に嬉々(きき)としてたわむれる乱歩の姿が頬笑(ほほえ)ましい。その兄の姿を羨望のまなざしで見つめる二人の弟。次弟通は平井蒼太の筆名で小説を書いたことでも知られる。二人のことをもう少し知りたい人には、鮎川哲也の名著『幻の探偵作家を求めて』を薦めたい。(東京創元社、1870円)

読売新聞
2023年11月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク