『最愛の』を上梓した上田岳弘さんと親交の深い高橋一生さんをお招きして、仕事や新刊のことから創作/表現の未来まで語っていただきました。

対談・鼎談

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最愛の

『最愛の』

著者
上田 岳弘 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718409
発売日
2023/09/05
価格
2,310円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『最愛の』を上梓した上田岳弘さんと親交の深い高橋一生さんをお招きして、仕事や新刊のことから創作/表現の未来まで語っていただきました。

緊急事態だった『2020』

高橋 コロナ禍になって、『2020』でご一緒する前から、上田さんの生活基盤は東京にありましたか?
上田 はい、東京でしたね。
高橋 コロナ禍を避けて、どこか籠もるようなことはしなかったんですか。
上田 しなかったですね。会社のほうはほぼリモートになりました。リアル出社が月一回ぐらい。リモートになる前は出社前に二、三時間小説を書いていたんですけど、今は小説を書く日と仕事する日を分けてやっています。そのほうが長編には向いていますね。
高橋 『最愛の』は「すばる」に連載していたんですよね。さっき、一緒にポートレート撮影をしていた時に、上田さんが「締切りがあることが大事」とおっしゃっていて、僕もそうだなと思いました。文章の依頼を受ける時は、「締切りはここまでです」と言ってもらったほうがいいですね。締切りがないといくらでも修正できてしまうような気がして。
上田 そうなんですよね。いつまでたっても終わらない。
高橋 誰かにピリオドを打ってもらい、ここまでですと分かっている状態で、それを積み重ねていけるのが連載のいいところだとおっしゃっていましたね。でもそう思うとやっぱり、『2020』の脚本と『最愛の』を並行して書いていたのはすごいことですよ。
上田 『2020』の緊張感はすごかった(笑)。舞台は締切りどころか幕が開くまでが勝負で、かつ幕が開いたら止められないわけじゃないですか。僕は舞台の脚本を書いたのは今回が初めてだったので、いつもこんなことをされているんだなと思ったら、一生さんはすごいなと。
高橋 『2020』は自分の中でも緊急事態でしたね。稽古期間は一か月とってあったんですけれど、セリフを覚える時間が実質五日ぐらいしかなかった。そんなことは今までなかったんです。上田さんと白井さんと話し込んでしまうから、余計に時間をとってしまって……。でも、めったにない面白い体験ができました。あの時は遮二無二やっていただけですけれど。
上田 やっている時は大変だったけど、振り返ると楽しかったなと思います。舞台ってこういうものなのかなと感じていましたけどね。
高橋 上田さんは稽古場がほとんど初めてだから、当然役者がひと月かけてセリフを覚えるということをご存じないわけです。周りのスタッフの方々は「果たして全てのセリフが頭に入るんだろうか」と心配に思っていたでしょうが、上田さんは「きっと大丈夫だろう」と楽観的でしたね。
上田 楽観的というより、通常の進行を知らないので、こんなもんなのかなって(笑)。一応、稽古期間に入る前に、一度は脚本を書き上げていたんです。ただ、一生さん、白井さんと議論を深めていく中で、ここは変えたほうがいいとか、ここはもう少しこうなったほうがいいかなというすり合わせを皆で念入りにやったんですよね。本当にぎりぎりまで粘っていたという状況だったので、どうなるのかなと。こう言うとなんだか他人事みたいですね(笑)。
高橋 原稿用紙百枚分ぐらいのセリフがあったんですけれど、それが五日くらいで入ったんです。それは自分でもちょっと面白かった。ふだんは対人的に起こってくる事象ありきで、セリフを頭に入れるというやり方をしていたんです。でも『2020』は一人芝居だったので、相手とのやり取りではなく物事とのやり取りなわけです。最初は身体を動かしながらじゃないとセリフが入らないだろうなと思っていたんですが、意外と順を追っていたら入っていったので自分でも驚きました。
上田 最悪、一生さん演じるGenius lul-lul(ジニアス ルル)が持っているiPadにセリフを表示させればいいじゃん、というアイディアもありましたね。
高橋 そうでした。上田さん、白井さんも、僕が舞台の上でiPadを持っているという設定を頼りにしてくださっていた部分があるんです。
でもそこは俳優としてのプライドで「カンペなんか見ねえぞ」という気持ちでセリフを入れていたんです。iPadを頼りにしたところで、「あれ? 今何ページだったっけ」ってなっちゃうと、もう途端に駄目になってしまうような気がしたので。
リズムに還元されるような芝居をしようとは思っていないんですが、でもやっぱりリズムが狂うのは怖いなと思って、ひたすらセリフを頭に入れていました。家でも稽古していましたから。初めてですよ、家で稽古したのは。
上田 しかも最終日に舞台途中で音声トラブルがあって、一生さんはマイクを通さずに生声で最後までやったんです。あれはすごかった。
高橋 そうそう。マイクが駄目になっちゃって。そういうハプニングも含めて面白い体験でした。とくに上田さんに入っていただいて、三人で膝突き合わせて相談してつくったというのは貴重な体験でした。
上田 学生時代みたいな感じだった。一生さんの一人芝居になったのも、コロナ真っ盛りの頃だったので、リスクを考えた結果、一人芝居がよかろうということと、何かチャレンジがあったほうがいいんじゃないかという経緯でしたね。
高橋 打ち合わせ中に「これってもしかして一人でやっちゃったほうがいいんじゃないか」と僕がふと言っちゃったんです。
そうしたら白井さんが「それって、上田さんの作品を舞台化するわけじゃなくて、新たに書き下ろしてもらった新作を一人芝居でやるということ?」って驚いていましたけれど。あれよあれよという間に一人芝居の方向になっていきました。
それに、上田さんの原作の舞台化は渡辺えりさんが『私の恋人』でされていますし、完全に書き下ろしで上田さんの文学を舞台に引っ張ってきて、上田さんの世界観を舞台で再構築したらどうなるのか、試しにやってみたいというのが最初から僕の頭の中にはありました。それが叶って本当によかったなと思います。

上田作品が演劇人から愛される理由

――お二人が知り合われたのはどういうきっかけだったのでしょうか。

高橋 僕が白井さん演出の舞台に出た時に上田さんが観に来てくださって、共通の知り合いの方から紹介していただいたんです。そのお芝居を上田さんが気に入ってくださって、それから連絡を取り合ったり、家で食事したりという感じですね。
上田 たしか九年ほど前ですね。ちょうど僕がデビューして、『太陽・惑星』という最初の本を出して、『私の恋人』を準備していた頃です。
高橋 その後は上田さんの小説が出ると読んでいて、帯にコメントさせていただいたりもしました。なので『2020』では、上田さんが僕をイメージして書いてくださったキャラクターを舞台でやらせていただけたのが感慨深かったです。
上田 『2020』には穴を見つめるゴリラの話が出てくるじゃないですか。『最愛の』ではそのエピソードと対になるようなチンパンジーの話を書きました。その関連性を考えてもらうような読み方も面白いかなと。舞台と並行して書いた相乗効果がありました。

――上田さんの作品と舞台の関係性も興味深いです。作品が舞台化されたり、演劇人から声をかけられたりすることについて、上田さんはどう思われているのでしょうか。

上田 舞台化していただけることについては、どうぞどうぞ、と思っています。『私の恋人』の舞台化では脚本にタッチしていないので、原作として使っていただければ光栄だなと思っていました。
演劇との関係でいうと、僕の小説の中にある、手でつかめない、妄想上の理想に手を伸ばすというアクション。『最愛の』でも「私の恋人」という言葉に仮託している存在、それ自体が、おそらく演劇的だと思うんですよね。演劇にも、存在しないもの、究極の何かをセリフやシーンで追い求めるところがあるのかなと思っています。それが演劇人の方たちに面白く読んでいただけた理由の一つなんじゃないかな。
高橋 ベケットの『ゴドーを待ちながら』と共通する部分がありますね。待ち人が来ないという状態。来ない人をずっと待っている中で、舞台の上の人物たちがゴドーのことを語り続けるって、演劇的だと思うんです。
『2020』の時に、最初に僕から出させてもらった案の中に「駈込み訴え」があったんですよね。「駈込み訴え」をやりたいと。
上田 ああ、そうでしたね。太宰治の。
高橋 あれはユダがキリストに対する愛憎を一人語りする話なんですけれど、ユダを主人公に置き換えてやってもらったらいいんじゃないかなと提案して、最初の脚本を書いていただいていたんです。
神格化されている存在があって、そのそばにいる人が語ることで、その神聖さのようなものが剝がされていく。語る側ももちろん何かが剝がれ落ちるんですけれど、そういうものが欲しかった。完璧と言われているもの、人間を超越したと思われる存在から、権威が剝がれていく瞬間ってすごく人間的なんじゃないかと。

文芸ステーション
2023年11月6日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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