犯人側の視点からも描き人間の卑小さ、罪を犯すものの悲哀が際立つミステリ

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犯人側の視点からも描き人間の卑小さ、罪を犯すものの悲哀が際立つミステリ

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 犯罪によって歪められた人生と、心の歪みによって罪を犯してしまった人生。小池真理子『神よ憐れみたまえ』は対極的な二つの生を描き、魂の喪失と救済を綴った大河小説である。

 三井三池炭鉱爆発と国鉄の多重衝突という、昭和史に残る大事故が発生した一九六三年一一月九日。「魔の土曜日」と呼ばれたその日、十二歳の黒沢百々子は何者かに両親を殺害されてしまう。裕福な家庭に育ち、音楽家を目指して生きていた百々子だが、この事件によって運命は暗雲が垂れ込めるものへと変わっていく。

 事件の謎解きではなく、突如として悲劇に見舞われた女性の、流転の生涯を描き切る事に焦点が当てられている。百々子の行く手には苦難が立ちはだかり、愛する者との別離を繰り返しながら歩んでいく。人生を続ける事の悲しみと喜びが、百々子という登場人物の姿に凝縮されている。

 また本作では犯人の視点から描かれた物語も挿入されている。その歪んだ内面が書かれる度顔をしかめたくなるが、同時に憐れむべき魂を持つ人間にも見えてくる。本作は人間の卑小な心を真正面から捉えた小説でもあるのだ。

 事件を追う側や被害者と並行して、犯人側の視点を織り交ぜて犯罪が生み出される背景を描く作品は多い。結城昌治「夜の終る時」(日下三蔵編『夜の終る時/熱い死角 警察小説傑作選』〔ちくま文庫〕所収)では、第一部で警察の地道な捜査を描き、第二部では犯人側の物語が綴られる。犯人の身勝手ながらも悲哀が漂う語りは、犯罪が生み出す虚無を見事に描き切っている。

 犯罪がもたらす悲劇の重さは、罪を犯した者の姿も写し取らなければ量る事は出来ない。それを推理小説の形で表そうとしたのが水上勉『飢餓海峡』(上下巻、新潮文庫)だ。一九五四年に起きた洞爺丸転覆事故から着想を得た本作は、逃亡殺人犯とそれを執念で追い続ける刑事の姿を描いた壮大な物語だ。犯罪者の側に寄り添う事によってしか描く事の出来ない慟哭が込められており、それが時代を超えて胸を打つ。

新潮社 週刊新潮
2023年11月16日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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