『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』
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『ちょっと不運なほうが生活は楽しい』田中卓志著
[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)
人気芸人 驚く真面目さ
お笑い芸人、アンガールズ田中さん初のエッセイ集。一読して、これは書評せねばと直感した。だが不思議なことに理由が分からない。特別な裏話があるわけじゃないし、文章がこなれているわけでもない。本紙の読書委員会では選書の理由を皆の前で理路整然と開陳せねばならないが、ムニャムニャと覚えかけのお経を読む体に……。人気芸人の本だから? 違う。実家が近いから? 違う。もう一度読み直してみたら冒頭にご本人が宣言していた。そう、とても「拙(つたな)い」のだ。物書きを気取らず、斜(はす)に構えず、ちょっと不運な自分をありのまま。三度目に読んで見えたのは、著者は恐ろしく真面目な人。やや滑りぎみの箇所もそのままに、真正面からちゃんと書こうともがいた跡を隠し切れないでいる(ゴーストライターではこうはいかない)。洗練された本ばかり目にしてきたからか、凸凹が新鮮。フランス料理が続いた後にお茶漬が出てきた感じ。ただ出汁(だし)はよくきいている。
高校でいじめられた経験と笑いの効用、相棒との微妙な距離感、大先輩の思わぬ言葉、最強の応援団だった母とのほろ苦い記憶、ほとんどPTSDレベルに達していた女性への不信感と自己嫌悪、そして結婚。著名人のエッセイ集には薄っぺらい作品も目立つが、本書には自伝的な太い背骨が走っている。
お笑い芸人がこんな真面目で大丈夫か。アンガールズの舞台を見てみた。ただにぎやかなだけではない。短い出番の中に考え抜かれた言葉が緻密(ちみつ)にギュウギュウに詰めこまれている。明日はない厳しい世界、暇さえあれば必死に新ネタを探して四半世紀なんて好きなだけじゃ無理だろう。第一線で体を張り、言葉と格闘してきた芸人が、心にしまってきた人生の荷物をトン、と下ろしてみたのが本書だろうか。お笑いの舞台裏も覗(のぞ)きつつ、ホッコリした温(ぬく)もりが残る読後感。「鳥使い少年」の願いは天上のお母さんに届くだろう。(新潮社、1595円)