幻想的な世界を巡り、ゆっくり静かに本を閉じる…しみじみと満足感が得られる短篇アンソロジー

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水都眩光 幻想短篇アンソロジー

『水都眩光 幻想短篇アンソロジー』

著者
高原 英理 [著]/マーサ・ナカムラ [著]/大木 芙沙子 [著]/石沢 麻依 [著]/沼田 真佑 [著]/坂崎 かおる [著]/大濱 普美子 [著]/吉村 萬壱 [著]/谷崎 由依 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163917528
発売日
2023/09/25
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『水都眩光』

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 美しい装幀に惹かれて手に取った。幻想短篇アンソロジー『水都眩光』(文藝春秋)。九人の作家による短編が収録されている。

 最初の一篇、高原英理「ラサンドーハ手稿」の舞台は架空の都市ラサンドーハ。夕暮れ時、石造りの建物が並ぶ街にはたくさんの仮面が出現する。その仮面の一つが、天を突き刺すかのようにあらわれる白銀の塔の話をする。〈辿り着けば別の自分に成れる〉という塔。金持ちたちは競って飛行船を飛ばすが、塔に到着できたのはただ一つだけだった─。

 移り変わる視点が酩酊を誘う。場所、時間、自分と他人、すべての輪郭が曖昧になる。ゆらりとした頭で次に置かれたマーサ・ナカムラの「串」を読む。なんでこんな怖い話が書けるんだ、とたちまちのうちに戦慄する。

 祖母と二人で暮らす語り手の「私」。古い家には人形が生まれる「御秘所」がある。人形の名はクシダヒメ。十四、五歳くらいの外見で、白く清らかな肌をもっている。「私」と祖母は、クシダヒメを人柱として捧げるという役目を先祖代々担っていた。役所から報酬が出るれっきとした仕事なのだ。「私」は祖母に太い木串を渡す。そして祖母は……。

 臭いと色の描写に、導入部だけでもう呼吸が荒くなる。クシダヒメが生まれなかった年に初めて「御秘所」の奥へ入っていった「私」が何を見たか、ぜひ読んで確かめて欲しい(怖いけど)。

 うってかわってこの作品集で最もユーモラスな一篇は、大木芙沙子「うなぎ」。臍から突然うなぎが出てくるという奇妙極まりない出来事に見舞われた男が、二匹三匹とうなぎを産みながら(!)子供の頃を思い返す話だ。自分を可愛がってくれたある男性にまつわる記憶がほのぼのと温かく苦い。記憶といえば、大濱普美子「開花」は、三十年以上前の姪っ子と過ごした短い日々を回想する老女の物語。タイトルの意味が分かる鮮やかなラストシーンは、もの悲しさを孕む分だけ美しい。

 母の預け物を取りにクリーニング店に出向いた娘が、店主から〈架空の犬〉の話を聞く坂崎かおるの「いぬ」、葬儀のため帰省する画家に付き添う語り手が、水路の街で〈閉ざされた時間〉を経験する石沢麻依の「マルギット・Kの鏡像」、福岡から長崎までのドライブの話だと思っていたら、最後のパラグラフでええっ? となる沼田真佑「茶会」、人間と動物に特殊能力が備わった日本の終末感が哀しくも清々しい吉村萬壱の「ニトロシンドローム」、そしてラストに置かれた谷崎由依「天の岩戸ごっこ」は、二歳の娘に日本の神話を語り聞かせる母の視点で綴られている。神話のグロテスクさが中和された優しい(易しい)言葉に導かれて読んでいくと、思いがけない「穴」にすうっとのみこまれる。

 いろんな世界を訪れたあと、ゆっくり静かに本を閉じられる構成。大満足の一冊だ。

新潮社 小説新潮
2023年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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