冒頭から圧倒される犯人側の視点 追跡者コンビは凶悪犯に辿り着けるか?

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悪逆

『悪逆』

著者
黒川博行 [著]
出版社
朝日新聞出版
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784022519375
発売日
2023/10/06
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

冒頭から圧倒される犯人側の視点 追跡者コンビは凶悪犯に辿り着けるか?

[レビュアー] 若林踏(書評家)

 犯罪者の動きを淡々と描くだけで、かくも異様な迫力が生まれるのか。黒川博行『悪逆』は冷酷な犯行を繰り返す犯人側の視点と、それを追う刑事達の視点を交えながら進行する犯罪小説だ。

 黒川の作品には犯罪者の行動を克明に綴る系統のものがあるが、本書はその極北と言うべきだろう。ある男が資産家の邸宅に侵入し、その主を無残に殺害する場面から始まるのだが、この時点から小説は読者を圧倒するような凄みを放っている。自宅でナンバープレートを偽造する傍らコーヒーを飲み、来るべき犯行の時に備えてジムで体を鍛えておく。ただ目的の為になすべき事を黙々と行う犯罪者の姿が描かれていくのだ。犯罪者の内面を極力描かず、冷徹な客観描写を重ねるハードボイルド小説の文体が、本書における犯人の得体の知れない不気味さを際立たせている。

 犯人は次々と凶行を重ね、標的の人物を殺して大金を奪っていく。この非道な犯罪者を追うのが大阪府警捜査一課強行犯係の舘野雄介と、箕面北署暴犯係の玉川伸一だ。互いを“たーやん”“玉さん”と呼び合いながら、二人は犯人の正体に迫ろうと苦闘する。大阪弁を使った刑事同士の軽妙なやり取りが黒川作品の目玉の一つだが、本書では犯人側の非情さと対置される事でより一層微笑ましいものとして読む事が出来る。その辺りの緩急の付け方も実に巧い。

 本書の犯人は凶暴なだけではなく相当な知能犯で、周到な計画を練って警察側を翻弄する。序盤に犯人の日常が描かれるのだが、およそ凶悪犯とは思えない普通の生活を送っている事が分かるのだ。その人物が如何なる理由で悍ましい犯罪を続けるのか、完璧な犯罪を遂行する犯人に辿り着く手掛かりはどこにあるのか、という興味に引っ張られて読者は頁を捲る事になる。徹頭徹尾、追う者と追われる者の攻防を描く隙の無い展開は圧巻だ。

新潮社 週刊新潮
2023年12月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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