『京都 未完の産業都市のゆくえ』有賀健著

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京都

『京都』

著者
有賀 健 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784106039010
発売日
2023/09/19
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『京都 未完の産業都市のゆくえ』有賀健著

[レビュアー] 牧野邦昭(経済学者・慶応大教授)

古都の課題 日本の縮図

 大学院生時代、そしてその後しばらく暮らした京都の街のことは今でも懐かしく思い出す。今ほどインバウンド客で混雑していなかったこともあり、評者にとってちょうどよい大きさで過ごしやすい街だったが、東京や大阪と比べると活気が無いように感じたのは事実である。

 本書は京都の抱える経済的な問題点をデータに基づいて指摘し、その解決策を提言している。京都市民の多くも、本書で指摘されている多くの事実(洛中の自営業の存続に伴う産業近代化の遅れ、戦災を受けず区画整理事業が実施されなかったことによる交通の不便さやオフィスビル不足、大企業の立地する京都南部と京都中心部との断絶、観光への過度の依存による問題など)には同意するだろう。一方で「古都改造論」ともいえる終章での提言については違和感がある。また本書の問題の立て方(日本有数の都市だった京都はなぜ有力都市から脱落したのか)についても、歴史のスパンを長くとれば、同じく政治の中心地だった奈良や鎌倉と比べて現在も大都市である京都はむしろ健闘しているという逆の結論を導けるかもしれない。

 評者の考えでは、明治中期以降に政府により皇室ゆかりの都市として開発よりも保存の動きが強まり、原爆投下の有力候補となりながらアメリカの戦略転換で結果として神社仏閣や町家が保存され、戦後は伊勢神宮に代わる修学旅行先として観光都市化が進んだ京都は、いわば日米合作で「古都」と位置付けられた都市である。したがって京都の抱える問題は京都のデータだけでなくより広い視点から見る必要がある。その場合、本書で指摘されている「産業転換の遅れ」「良い人材はいるのにそれを十分に生かせない」「観光依存」といった諸問題はまさに現代の日本全体の問題であり、京都は日本の縮図といえる。京都や日本のあるべき姿を構想し、それを実現する現実的な手段を考えるための一つの材料として、本書は参考になるだろう。(新潮選書、1925円)

読売新聞
2023年12月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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