「一気に蹴散らす可能性がありますよ」今村翔吾と東圭一が語る、時代小説の未来とは?

対談・鼎談

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奥州狼狩奉行始末

『奥州狼狩奉行始末』

著者
東 圭一 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414524
発売日
2023/11/15
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特集 第15回角川春樹小説賞

[文] 角川春樹事務所


東圭一

第15回角川春樹小説賞を受賞した東圭一と、同賞を受賞し、選考委員も務めている直木賞作家の今村翔吾さんが対談。二人の意外な接点や執筆方法、時代小説の未来について語り合った。

◆今村氏と東氏、お二人の意外な接点とは?

――角川春樹小説賞受賞、おめでとうございます。改めて今のお気持ちをお聞かせください。

東圭一(以下、東) この賞に応募して四度目、やっと受賞することができた喜びに浸っておりましたが、最近になって思うのは、こんな高齢者をよくぞ選んでくださったということです。新人賞というのは年齢も関係あると思うんですよ、将来性を考えれば。にも拘わらず、六十五歳の私にくださった。この賞が作品のみを選考の対象とした、とてもフェアなものだと感じまして、つくづく有難いことだと思っています。

今村翔吾(以下、今村) 確かに、若さを買うという考えもあるかもしれんけど、それは作品が同程度だったらの場合だと思います。今回はフラットに見て、東さんが一番抜けていたからこその結果です。

――その選考に、今村さんは今回から関わっています。選考委員は初めてだそうですが、どのようなお気持ちで臨まれたのでしょう。

今村 この数年、いくつかの小説賞から選考委員の打診を受けていました。関われるのなら、これから世に出ていこうとする作家の後押しができる新人賞がいいなと。なら、まずは春樹賞がいいなと思っていて。だから、僕としては一番嬉しい形で初めての選考委員というものを経験することができました。しかも、選ばれたのが東さんでしょう。なんだか縁を感じますよね。

――お二人にはいろいろと接点がありますね。

今村 東さんは二〇一二年に九州さが大衆文学賞を取られてますけど、その四年後に僕もこの賞をいただいているんです。でも何といっても春樹賞ですかね。僕が『童の神』で受賞した第十回の最終候補に、共に挙がっていたのが東さんなんですよね。

東 レベルの違いを実感させられました。今やファンの一人ですが、私は今村先生との縁を感じていることが他にもあるんです。大津にお住まいですよね。私も二十二年ほど滋賀県におりました。野洲にあったIT企業の事業所で働いてまして、そのほとんどを大津で家族と暮らしていました。事業所の閉鎖に伴い、東京で仕事をすることになり、居所も変わりましたが。

今村 そうだったんですね。ほんま、縁ありますね(笑)。滋賀にいた頃から書かれていたんですか?

東 四十代の終わり頃から、現代小説みたいなものをちょこちょこと書いていました。時代小説を書くようになったのは、東京で仕事をするようになってからです。通勤電車の中で文庫本を読むようになり、それがたまたま藤沢周平さんで。司馬遼太郎さんとか好きで、歴史ものはよく読んでいましたが、時代小説は初めてですっかりはまり、自分でも時代小説を書いてみたいと思うようになっていました。

今村 受賞作も藤沢さんの匂いがあるように思います。それだけに、久々に時代小説やなと感じる作品でした。そういう意味でも、これは選考会でも言ったんですが、時代小説が持つべき要諦を押さえておられると思います。それと、バランスがいい。これ、すごく難しいことなんですよ。

◆バランスの良い小説、そして編集との二人三脚


今村翔吾

――バランスがいいというのは、角川春樹社長や北方謙三さんもおっしゃっていますね。

東 突き抜けてない、ということですよね?

今村 いやいやいや。新人賞でこれだけのバランスを取ってくるというのは才能ですから。プロの作家として今後賞を狙うなら、突き抜けていくところも求められるのかなとは思いますが、そうなるとバランスで苦労することにもなるはずです。すでにそれを持っているというのは東さんの武器だろうと思います。

東 私自身はバランスなど意識したこともなくて。そもそもストーリーを考えるのが苦手なんです。ですから、主題を決めたら、目次のようなものを書き出すことから始めます。それが章立てになり、その中に一から八番くらいまでの節を立てて、ここには何を書く、ここはあれを書いてと決めて進めていく感じなんです。

今村 僕は場面が変わったら節かなというぐらいの意識しかなくて。正直、章とか節とかようわからんし(笑)。

東 ということは、一気に書かれてしまうんですか?

今村 はい。今のお話から縦割りの構成で緻密な感じを受けたんですが、僕の場合はぬるっとしている。ここ飛ばし過ぎやなとか、これ以上引っ張ったら読者が離れそうだなとか、読者目線で面白いか、面白くないかというのを肌で感じているところはありますね。だから、枚数がぜんぜん読めへんことになってまう。六百枚くらいでと言われているのに、千枚以上行ってることあるし。ロジックを持っておられて羨ましいです。

東 長く書くコツというのはあるんでしょうか。私はゴールに行きたくて行きたくて書き急いでしまい、思うより枚数が少なめになってしまうんです。春樹賞は三百枚が最低の基準だったと思いますが、頑張ってやっとという感じで。

今村 読んで感じたのは、小説にリアルさを求めてはるんやろうなと。そこが長く書けないということにも繋がっているのかもしれないですけど、リアルさというのは東さんの良さでもあると思います。

東 フィクションとはいえ、事実として押さえられるところはできる限り裏付けを取って書きたいと思っています。

今村 細かい部分を丹念に調べられているのは伝わってきます。まぁ、僕が若干、ロマンチストなんやな(笑)。僕やったら、受賞作に出てくる狼は「もののけ姫」のシシ神みたいにかなり前面に出てきて助けたりという感じでやっちゃうねん。

東 その狼の闘いのシーンはもっと読みたいと選評でも言っていただいたので、刊行に向けて手直しをして、読み応えのあるものにしているつもりです。

今村 それは楽しみです。もったいないなと思っていたんです、めちゃくちゃいいシーンだから。ちなみに、狼狩奉行というのは創作ですか?

東 いえ。江戸時代の諸藩における珍しい役職を記した本があるんですが、そこに盛岡藩には「狼取」という役職があると。興味を惹かれて調べていくうちに、支藩の八戸藩に「狼狩奉行」というものもあると書かれていて、これは面白いなと。ただ、それ以上の資料はなかったので今回書いたものは想像です。

今村 一つの言葉を見つけ出し、料理する力が東さんにはあるということですよね。どんどん書いてほしいなと思います。シリーズものとかもやれそうやし。

東 今後について編集者さんと相談しているのですが、それがまさしくシリーズものです。地方藩の隠密が江戸に出てきて、という話で。

今村 忍者ではないあたり、まさにリアルだ(笑)。藤沢周平の匂いがあると言いましたが、それはつまり、時代小説好きが好む懐かしさでもあるんですよね。でも、古臭いわけではない。現代的な書き下ろしの匂いもあるし、リーダビリティもあって話もどんどん進んでいく。主人公が魅力的なものが出たら、絶対当たりますよ。

東 今思っているのは、藤沢周平さんが大好きとはいえ、その真似になってはいけないということです。自分なりの個性を出していくことが必要だと思っています。あと、黒澤明さんの映画、例えば「用心棒」とか、あのテンポが好きなんです。黒澤さんに映画にしたいと思ってもらえるような作品にしたいなというのはありますね。

◆今の時代に求められている時代小説とは

今村 僕は四十代、五十代の時代小説を読みたい世代が読むものがなくて、手持ち無沙汰の状態に今、なっていると思っているんです。そうした読者を見据えて書いてほしいなぁ。時代劇がなくなって鬱々としている世代にも届くはずですよ。

――読者の年代などを意識されて書かれているのですか?

東 これまで読者は自分しかいませんでした。自分が面白いと思うものを書いてきたつもりです。

今村 これからは編集者がいますから。野球でたとえるなら、一人で壁当てしていたところにキャッチャーが現れたと。東さんはストレートに自信があると思っていたけど、キャッチャーからするとカーブのほうが良くて、配球はカーブを中心に組み立ててくるみたいな感じですよね。バッテリーで組み上げていくことでレベルアップもしていけると思います。

東 まさに実感しています。編集者の指摘一つでガラリと変わるし、今では直してもらえることを有難く感じています(笑)。

今村 自分の良し悪しなんて、自分ではわかりませんからね。僕も新人賞に応募していた頃は選評の言葉から多くを学びました。

――現在はどのようなペースで書かれているのでしょうか。

東 定年後も以前の会社で取引のあった協力会社に業務委託で仕事をさせてもらっておりますが、会社員時代と比べると時間的余裕はあるので、使える時間はすべて書くことに充てていきたいと、今日改めて思っています。

今村 それ、有利なんじゃないですか。仕事をフルでしていたら、思うように執筆の時間が取れないこともありますから。最初にご自分の年齢のことを話されたけど、決してオ・[ルドルーキーではない。時代小説家の平均デビューは五十代ですから。五年以内に著者累計三十万部目指しましょう! 東さんの名前を知らなかった多くの人に届けられるって、そんな面白い世界はないと思うんです。

東 ありがとうございます。ただ、とても大きな課題を与えられているような気持ちで聞いているところです。

今村 即戦力になってほしいんですよね、時代小説界の。東さんの世代って仕事にすごく前向きに取り組まれてきた世代だと思うんです。東さんが本気になったら、一気に蹴散らす可能性がありますよ。

東 大きなことは言えないですけど、書くことは好きなので。今はとにかく書きたいという気持ちですし、臆さずに挑んでいきたいと思います。

【著者紹介】

東圭一(あずま・けいいち)
1958年大阪市生まれ。神戸大学工学部卒業。2012年に九州さが大衆文学賞受賞。2018年第10回角川春樹小説賞最終候補。2023年に『奥州狼狩奉行始末』で第15回角川春樹小説賞を受賞。

【聞き手紹介】

今村翔吾(いまむら・しょうご)
1984年京都府生まれ。デビュー作『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』から始まったシリーズが大人気作となる。2018年「童神」で第10回角川春樹小説賞を、選考委員の満場一致で受賞。『童の神』と改題の上刊行されて、第160回直木賞候補に。『八本目の槍』で第41回吉川英治文学新人賞を受賞。2020年『じんかん』で第163回直木賞候補となり、同年第11回山田風太郎賞を受賞。2022年『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞。ほかの著書に「くらまし屋稼業」「イクサガミ」シリーズ、『茜唄』『ひゃっか!』などがある。

構成:石井美由貴 写真:編集部(東圭一) 島袋智子(今村翔吾)

角川春樹事務所 ランティエ
2024年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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