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小説の物語性と変幻自在のイメージ豊穣なる散文詩の世界
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
1990年にノーベル文学賞を受賞した、メキシコの詩人にして小説家オクタビオ・パス(1914~98年)。その初期作品に触れられるのが『鷲か太陽か?』(野谷文昭訳)です。〈今日、僕は独りきりでひとつの言葉と闘っている。それは僕に属し、僕が属す言葉、表か裏か、鷲か太陽か?〉という「僕は始める…」から始まる散文詩の数々は、小説の物語性と変幻自在にイメージが広がっていく詩の言葉を併せ持っているので、普段詩に親しまない人にも入りやすい一冊だと思います。実際この詩集には、海から上がろうとした〈僕〉につかまり一緒に飛び出した波の〈彼女〉と住むことになった男の禍福を描いてアイロニカルな「波との生活」といった、明らかに小説寄りの作品も入っているんです。
旅先の宿で夜の散歩に出かけた〈僕〉が強盗に襲われるも、彼奴がほしがったのは金品ではなく、「青い目の花束が欲しい」という恋人のきまぐれに応えるための〈僕〉の目だったという「青い花束」。パスのこの傑作恐怖譚ほか、全16篇が収録されているのが、野谷文昭編訳による『20世紀ラテンアメリカ短篇選』(岩波文庫)です。
マッドサイエンティストSF風味の、ひねりの効いた恋愛譚になっているビオイ=カサーレスの「水の底で」といったハズレなき名篇ばかり収められているのですが、わたしが一番好きなのはアンドレス・オメロ・アタナシウの「時間」です。掌篇5つで構成されていて、最後に必ず息を呑むような仕掛けが用意されているのですが、その驚きがもたらす心地はかなりシニカル。アンチ・ハッピーエンド派の皆さんなら、気にいっていただけるはずです。
最後にもう1冊詩集を。20世紀イタリア詩壇を代表する詩人『ウンガレッティ全詩集』(河島英昭訳、岩波文庫)です。〈摘みとった花と贈られた花/そのあいだに言いあらわせぬ虚しさ〉(「永遠」)や、〈秋の/木の/梢の/葉だ〉(「兵士たち」)など、とても短い詩が多いので取っつきやすく、俳句愛好家にもおすすめしたい詩人なのです。