小説は「不謹慎な方がいい」筒井康隆が語った『時をかける少女』時代や直木賞選考委員を揶揄しまくった小説

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

カーテンコール

『カーテンコール』

著者
筒井 康隆 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103145363
発売日
2023/11/01
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

君が手にするはずだった黄金について

『君が手にするはずだった黄金について』

著者
小川 哲 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103553113
発売日
2023/10/18
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小川哲×筒井康隆・対談「不謹慎であればあるほどいい」

[レビュアー] 新潮社

「ここから先」が勝負どころ

小川 筒井さんは一九九三年にご自身の作品の扱いに抗議して断筆されました(九六年まで)。これは作家にとってハンガーストライキというか、命取りになりかねない行動じゃないですか。あの時は、どんなお気持ちだったのでしょう?

筒井 ハンガーストライキとまではいかない。せいぜい、ちゃぶ台返しくらいじゃないかな(笑)。

小川 断筆期間中は、どういうふうに過ごされていましたか?

筒井 普段通り、小説を書いていました。断筆のままで、出版社がほっとくわけがない。僕の原稿を喉から手が出るほど欲しいところはいっぱいあるとわかっていましたから。書いた原稿をどこに売ろうかな、と考えて楽しんでいましたよ。

小川 実際に断筆を終えて、書き溜めた原稿を売っていかれた?

筒井 ええ、各出版社と覚書を交わして断筆を解除した時は、原稿がいっぱい溜まっていたから嬉しかったですね。

小川 筒井さんの本当に一筋縄でいかないところは、断筆でさえも文字通りに受け取ることができないところです。冒頭で「感動作を書く時の筒井康隆には気をつけろ」と言いましたが、断筆についても裏で筒井さんが舌を出して笑っているような気がするんです。筒井さんの小説をずっと読んできて、こちらも訓練されてきた(笑)。

筒井 まあ、半分くらいは本気でそう思っていることでないと、書けないでしょうけどね。

小川 さきほど筒井さんは、小説は不謹慎じゃないといけない、と仰いましたが、普通の人だったら――僕なんかもそうですが――、これは不謹慎だから書くのをやめようというのじゃなくて、不謹慎すぎて「書く」という発想すら浮かばないようなものを筒井さんは書いてきた。人びとが「不謹慎だ」と思うことにこそ、小説にとって重要なものがある、とお考えですか?

筒井 そうです。ウクライナの戦争でも何でもそうですよ。

小川 筒井さんは不謹慎なことを書く時に、何かこう、ご自身の主張みたいなものをあまり入れない気がします。

筒井 それ以前に、作家のくせに「これは書いたらいけないんじゃないか」と言うやつがいるんだよね。「やはりコロナのことは書いたらいけない」なんてね。はっきり言って莫迦ですよね。バイ貝の身をうまくほじくり出すと、僕はウンチって呼んでるけど、いちばん奥の内臓のところがプルッて出てくるでしょう? あれ、嬉しいよね。言ってみたら、あそこまで出てきたらいいな、と思って僕はいつも小説を書いているんです。
小川 そこまで書けるコツはあるのでしょうか?

筒井 コツは作品によって違うけれども、「ここから先は書くとやばいな」というところこそがミソなんだよね。そこは自分で自分を突っついて、ここから先をきちんと書け、と発破をかけるしかない。

小川 そうやって筒井さんは何百という数の作品を書かれてきました。そのいずれもが新しいアイディアやコンセプトがあるものばかりです。僕がいちばん筒井さんにお伺いしたいのは、なぜ常に新しいことを書き続けられるのか、ということです。作家には、ひとつのモチーフをずっと書き続けるタイプもいますよね。大江健三郎さんもいくつかのモチーフを何度も書き直していくことで、世界を深めていったわけです。でも筒井さんは「これまでに書いてこなかったこと」を書き続ける。僕もそういう作家になりたいので、どういう秘訣があるかを知りたいんです。

筒井 何か思いついて書き始めても、「あ、これは以前に書いたことがあった」と気づいたら、そこで書くのをやめるんですよ。そうすれば、自然と書いたことがないものしか完成できない(笑)。

小川 何十年というキャリアでも、書いたものは全部おぼえているものですか?

筒井 書く前には思い出さない時もあります。でも書いている途中で、「ああ、これは書いた書いた」と。気をつけないと、読者にもバレますからね。

小川 キャリアを積むにしたがって、「書いたことがあること」は増えていきませんか?

筒井 それはそうですよね。だからこそ『カーテンコール』を「最後の作品集」にしようと決めたわけです。

小川 最後にまた『カーテンコール』に戻りますが、長年の愛読者としては、もちろん僕も「最後の作品集」って聞くとすごく残念だし、かなしいなあと思います。ただ、筒井さんが『モナドの領域』で執筆をやめずに、『ジャックポット』『カーテンコール』と二冊も短篇集を出してくれたことを「凄いなあ。よかったなあ」と思う気持ちもあるんです。神について小説で書くという、究極的というか、終着点のような小説(『モナドの領域』)にチャレンジして、そこからさらに二冊も本を書かれた。それが僕にとっては大きな意味を持っています。でも――やっぱり訊いてしまいますが、『カーテンコール』が最後の作品集になることは固い決意でいらっしゃるんですね?

筒井 ええ、もうこれ以上は書けないでしょうね。もちろん、エッセイとか何らかの形で文章自体は書き続けるでしょうけどね。

 それより、あなたの最新作(『君が手にするはずだった黄金について』)を読んできたので、ちょっと喋らせてください。

小川 うわわ、ありがとうございます。

筒井 あの本には、わざと私小説のように見せかけた連作が六話入っているわけだけど、最初の「プロローグ」が少し入りにくいんだよね。ははあ、これは大江さんの『同時代ゲーム』の冒頭と同じで、読者を試してやがるな、と。そこを突き抜けた後は、ものすごく面白くなる。どれもいい小説だけれど、「三月十日」なんて素晴らしい短篇だよね。ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』をディズニーがアニメ化した映画に、「なんでもない日」って歌が出てくるじゃない? 三月ウサギと眠りネズミときちがい帽子屋が森の中で乾杯しながら「なんでもない日バンザイ!」なんて延々と歌って、アリスを巻き込んでいく。原作だと『鏡の国のアリス』の方に出てくるエピソードかな。誕生日は年に一日しかないけど、誕生日じゃない日、つまり「なんでもない日」は三六四日もあるじゃないか、バンザイという歌。あれから思いついたんじゃない?

小川 そう言われたら、そうですね。着想は別にあったのですが、『アリス』の記憶はあったのかもしれません。小説って本来は二〇一一年三月十一日について書くものじゃないですか。なんでもない日については書かない。だからこそ、なんでもない三月十日について書くのは面白いなと思って書いた記憶があります。丁寧に読んでくださって恐縮です。

筒井 『アリス』は星新一さんがベストワンに挙げていた映画ですよ。

小川 では最後に、小説家のプライドって何だと思われますか?

筒井 盗作を指摘されたら傷つくでしょうね。『カーテンコール』の話と繋がりますが、他人からの盗作でなくとも、自分の過去の作品を複製しているような作家もいるでしょう? あれは僕はしたくない。

小川 自分の作品からでもアイディアを盗ってくるのはお好きじゃない。

筒井 SF作家は、みんなそうだったと思いますよ。それこそ星さんが「あれは自分盗作だ」なんて言って、よく批判していましたね。

新潮社 波
2024年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク