「人間に絶望したところから物語の構想が始まる。」ゲームと現実世界がリンクする本格ミステリーを貫井徳郎が語る

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龍の墓

『龍の墓』

著者
貫井徳郎 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575246957
発売日
2023/11/22
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

RPGゲームを毎日30分してから小説執筆──オープンワールドゲームが物語の設定となった新境地の本格ミステリー小説 『龍の墓』貫井徳郎インタビュー

[文] 双葉社


貫井徳郎氏

 ミステリー作家・貫井徳郎は2023年に作家業30周年を迎えた。その記念すべき年に放った長篇作品『龍の墓』は、自身でも20年ぶりに書いたという正攻法の本格ミステリーである。

 死後に焼かれた無残な遺体の発見から捜査が始まる。その事件が「ドラゴンズ・グレイブ」というVRのロールプレイングゲームの見立て殺人である可能性が浮上するのだ。元刑事が実際にプレイをしてゲーム内で起きる殺人事件の謎を解く。現実とゲーム世界の両方で謎解きが進行していく意欲的な構造の物語はどのように書かれたのか。貫井氏に伺った。

取材・文=杉江松恋 写真=川口宗道

■30年前には書けなかった作品だと思います。

──貫井さんがゲームをお好きだというイメージがなかったので、設定でまず驚かされました。もともとゲームはやられていたんですか。

貫井徳郎(以下=貫井):以前からずっとやってはいたんですけど、毎日やるようになったのは、ここ1、2年ですね。午前中は身体を鍛えて、1日30分ゲームをやる、というように毎日のリズムが決まっていたほうが僕は好きなんですよ。リズムが狂うと小説も書けなくなったりするので。強制的に自分の時間割を決めたほうがコンスタントに書けるんです。

──ちなみにどういうゲームがお好きなんですか。

貫井:アクションゲームではなくてRPGです。やはりストーリーがあるものが好きなんで。その中でもオープンワールドゲームという、何をしてもよくて、開始早々ラスボスに挑戦しに行くことも可能、というのが特に好きですね。『龍の墓』は、そういうオープンワールドゲームの中で、1イベントとして殺人事件が起きるという設定になっています。そうなったらゲームの主人公にはどんな捜査をさせたらいいか、という風に考えていきました。

──ゲームでミステリーを扱ったものというと、だいたいアドベンチャーゲームの形式を取っていると思うのですが、そうではないというのが新鮮でした。

貫井:そうですね。アドベンチャーではなくてRPGでやるというのは僕のオリジナルで、これでもできるな、と書きながら感じました。ただ、RPGにしたんだから、手がかりを見つけたら経験値を得られる、みたいな描写も入れておけばよかったとあとで思いましたね。

──本作ではゲームの中で連続殺人が起きますが、それが外の現実で起きている事件で見立てに利用されているのではないかという疑いが浮上します。ゲームと現実がリンクする形で謎解きが行われるという構成が斬新ですが、これはどこから生まれたものですか。

貫井:きっかけはライアン・レイノルズ主演の『フリー・ガイ』という映画です。やはりゲーム内と現実が同時並行していて、中で起きることが外側にも影響するという形でリンクする話なんです。これをミステリーでやったらどうなるか、と思いついたんですね。

──外側の世界である現実と、ゲームの内側、両方で事件が起きますが、どちらの内容を先に決めてお書きになったんですか。

貫井:外が先です。実は最初は、本格ミステリーにするつもりはなかったんですよ。書き始めて三分の一ぐらい経ったときに、「これは本格ミステリーなんじゃないのか」と自分で気づきまして。もちろん外側の事件は最後に解明されるトリックまで決めて書き出していたんですが、内側のゲーム内のほうは、剣と魔法の世界だからということでそこまで作り込んでなかったんです。でも、本格ミステリーになるという構造が見えた段階で、気持ちを引き締め直して、内側のほうもしっかりした謎解きになるようにしました。

 純粋な本格ミステリーは、20年前に出した『被害者は誰?』という連作短編集以来です。もともと作家になる前は本格一辺倒の読者だったんですが、デビューしてからはむしろいろいろと作風を変えていくよう、自覚的に取り組んできました。自分には本格はあまり向いていないと思ってあまり書かずにいたのですが、蓄積もあって今回は正攻法の本格ミステリーを書くことができました。30年前には書けなかった作品だと思います。

■僕の最近の小説もまさに人類ダメ小説だと思うんですね。


貫井徳郎氏

──現実の殺人事件を描いた話の中に、もう一つ「ドラゴンズ・グレイブ」というゲームの物語が入っているという作中作構造だと見ることもできると思います。作中作のミステリーには、どの程度ご関心がおありだったのでしょうか。

貫井:ミステリーファンとしては、作中作のギミックには単純にわくわくします。思いつくだけでもすごい作品をいくつも挙げられますが、なんといっても綾辻行人さんの『迷路館の殺人』という傑作があります。作中作の比率が非常に高くて、外側よりもほとんど内側の文章だけで進んでいく。でも外枠があることで構造としては完成するという凄い作品でした。

──今回のお話は、外側の事件を町田署の保田真萩と警視庁捜査一課の南条という二人の刑事が追い、真萩の元同僚で今は引きこもりの瀧川がゲーム内の謎解きをするというトリオの構成になっています。この主人公たちはどうやって出てきたのでしょうか。

貫井:殺人事件の捜査なので、主人公は警察官にしたほうが動かしやすいです。ただ、それだと工夫がないので、元警察官で引きこもりという瀧川がまず出てきました。彼は現場に行けないので、動き回る係として真萩、刑事は単独行動を取らないですからコンビを組む相手として南条というように決まりました。警視庁の捜査一課は刑事のエリートですから、そこにいる南条は有能なはず。でももしかするとそうでもないのかな、というところが見えたほうがおもしろいと思って書いたキャラクターです。物語の締め括りをどうするかは考えずに書き出したんですけど、南条のキャラクターにだいぶ助けられましたね。

──貫井さんは社会派ミステリーの書き手と言われることが多いです。本作は軽快なタッチで、謎解きの面白さが中心となる長篇ですが、それでも現代社会に対する厳しい視線は貫かれています。現実の事件で背景にあるものは、他人に対する不寛容や無責任な態度といった現代人の特質ですよね。やはり作家の関心として滲み出るものなのでしょうか。

貫井:中学生のときに西村京太郎さんの『殺しの双曲線』を読んだのですが、非常に衝撃を受けまして、いまだにその影響下にいると思っています。あれは、動機がわからないままに連続殺人事件が進んでいくというミッシングリンク・テーマの最高傑作だと思うんですよ。その呪縛を受けているな、とは思っています。

──なるほど、『殺しの双曲線』というのは少し納得です。

貫井:もう一方、僕は平井和正さんにも、主として文体とテーマの面で強く影響を受けているんです。平井さんはご自分の作品を「人類ダメ小説」だとおっしゃっていて、とにかく人間に絶望したところから物語の構想が始まっている。僕の最近の小説もまさに人類ダメ小説だと思うんですね。ネット上の悪意であるとか、なんでみんなこんなにひどいのかとずっと素朴な疑問を抱いていて、それを小説として書いています。前作ではここまで書いたから、次はこうしようという風に、テーマが連鎖しながら進んでいっているんですね。本作はゲーム的な話ですし、社会性を持たせることは特に意図していなかったんですけど、ミッシングリンクの形で動機の問題を扱うので、自然にその要素も出てきたということでしょうね。

──従来の作品と共通項を持ちながら、謎解きに特化したという意味の新鮮さもあります。

貫井:そうなんです。これまでの僕の作風を期待してくださる方にとっては、ちょっと意外な内容になっていると思います。異色作ということになるでしょうね。でも本格ミステリーが好きな方にも読んでもらえるよう、あえて振り切りました。新しい読者に届いてくれるといいなと思ってます。

 ***

貫井徳郎(ぬくい・とくろう)
1968年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。93年、第4回鮎川哲也賞で最終候補となった『慟哭』でデビュー。2010年、『乱反射』で第63回日本推理作家協会賞、『後悔と真実の色』で第23回山本周五郎賞を受賞。『愚行録』『空白の叫び』『光と影の誘惑』『崩れる』『悪党たちは千里を走る』『明日の空』『灰色の虹』『失踪症候群 新装版』『誘拐症候群 新装版』『殺人症候群 新装版』『新月譚』『微笑む人』『ドミノ倒し』『ミハスの落日』『北天の馬たち』『私に似た人』『新装版 修羅の終わり』『我が心の底の光』『女が死んでいる』『壁の男』『宿命と真実の炎』『神のふたつの貌』『迷宮遡行』『プリズム』『追憶のかけら 現代語版』『罪と祈り』『悪の芽』『邯鄲の島遥かなり』『紙の梟 ハーシュソサエティ』など著書多数。

COLORFUL
2023年12月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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