【文庫双六】川端が惹かれた、死の床で歌を詠む美貌の歌人――梯久美子

レビュー

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眠れる美女

『眠れる美女』

著者
川端 康成 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784101001203
発売日
1967/11/28
価格
572円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

川端が惹かれた、死の床で歌を詠む美貌の歌人

[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)

【前回の文庫双六】英作家ウォーが描いた「死者の弔い」の諷刺――川本三郎
https://www.bookbang.jp/review/article/558088

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 イーヴリン・ウォー『ご遺体』に出てくる死化粧の話を読んで思い出したのが、乳癌のため1954年に31歳で亡くなった美貌の歌人・中城ふみ子のことである。

 死去の翌年に刊行された歌集『花の原型』の冒頭には、化粧をほどこしたふみ子の、年齢よりずっと若々しく見える遺体の写真が収められている。いきなり著者の遺体写真で始まる本は前代未聞だろう。

 ふみ子は乳房を失っても止むことのない恋情を官能的に詠った連作「乳房喪失」でデビューし、センセーションを巻き起こした。没後には、最後の恋人となった新聞記者の手記を原作とする映画も公開されている。

 渡辺淳一が彼女を主人公とする小説『冬の花火』を書いているが、そこではこの写真は、ナルシストだった生前のふみ子が入念に化粧をし、美しい死体となった自分を演出して撮らせたものだということになっている。それもあって長く生前の写真だと思われてきたが、のちに撮影者が証言し、遺体の写真であることがわかった。

 歌集『乳房喪失』には川端康成が序文を寄せている。死の床で歌を詠み続ける美貌の歌人に川端が惹かれていたことは、『眠れる美女』の冒頭近くに〈若くて癌で死んだ女の歌読みの歌に、眠れぬ夜、その人に「夜が用意してくれるもの、蟇、黒犬、水死人のたぐい」というのがあったのを、江口はおぼえると忘れられないほどだった〉との一文があることからもわかる。この歌「不眠のわれに夜が用意しくるもの蟇、黒犬、水死人のたぐひ」は『花の原型』に収められているから、少女のようにあどけなく見えるふみ子の遺体写真を川端も見たはずだ。

『眠れる美女』は睡眠薬で眠らせた娘と共寝をさせる宿の話で、主人公が同宿した娘は眠っているうちに死んでしまう。この小説は、眠っているのか死んでいるのかわからない、ふみ子の美しい遺体写真にインスパイアされたものなのではないかと密かに私は思っている。

新潮社 週刊新潮
2018年9月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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