『兵諫』
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兵諫(へいかん) 浅田次郎著
[レビュアー] 清原康正(文芸評論家)
◆兵乱の真相探る日中近代史劇
『蒼穹(そうきゅう)の昴(すばる)』『珍妃(ちんぴ)の井戸』『中原の虹』『マンチュリアン・リポート』『天子蒙塵(もうじん)』に続く「蒼穹の昴」シリーズの第六部。この最新作では、一九三六年(昭和十一年)に起こった日本の二・二六事件と中国の西安事件、日中の運命を変えた二つの兵乱にはいかなるつながりがあったのかを、独自の近代史観で探り出していく。
二・二六事件の死刑囚と西安事件の被告人が登場して事件について語り、それぞれの事件に関連した日中の人物たちと特ダネを求めて謎多き事件の真相に迫ろうとする日米の新聞記者たちが登場してくる。第五部までに登場する多彩な登場人物たちを自在に動かして重層な歴史ドラマを展開していく筆さばきに瞠目(どうもく)させられる。
一九三六年十二月十二日、西安で国民政府最高指導者の將介石が張学良に拉致監禁された西安事件の真相に迫ろうとするのが、ニューヨーク・タイムズ記者のターナー、朝日新聞記者の北村、上海特務機関員の志津の三人。それぞれの情報を披露し、現況を分析していく。三人の内面描写にも細やかな配慮がこらされている。
そして外務省情報部、陸軍参謀本部、近衛歩兵第一聯隊(れんたい)、張学良と周恩来との会談、人の世を統(す)べる皇帝の証(あかし)と伝えられる龍玉をめぐる張学良と將介石とのやりとりなど、当時の緊迫した政治情勢が詳述されていく。
政治目的は不明だった二・二六事件に比べて、張学良には挙兵してしかるべき政治目的が明確にあった、と志津は考える。張学良の「クーデター」ではなく、將介石に「安内攘外(あんないじょうがい)」(国内安定の後に外敵にあたる)策の変更を迫った張学良の「兵諫」(兵を挙げてでも主(あるじ)の過ちを諫(いさ)めること)である、と。こうした鋭い指摘は随所に見受けられ、読みどころとなっている。
龍玉はどこにあるのか、という謎は秘められたまま、シリーズはさらに続いていく。日本と中国の史実の裏面をさまざまな人物を通して描き出していくシリーズの今後に期待したい。
(講談社・1760円)
1951年生まれ。作家。著書『鉄道員(ぽっぽや)』『壬生義士伝』『終わらざる夏』など多数。
◆もう1冊
富永孝子著『張学良秘史 六人の女傑と革命、そして愛』(角川ソフィア文庫)