• 兵諫
  • 琉球警察
  • 非弁護人
  • 女副署長 緊急配備
  • 鬼火(上)

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縄田一男「私が選んだベスト5」

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 題名の『兵諫』とは、兵を挙げてでも主の過ちを諫めること。『蒼穹の昴』第六部の本書では、二・二六事件と、同年、中国の古都、西安近郊で張学良の軍が蒋介石にクーデターを起こした西安事件の双方を扱い、二つの事件の奇妙な相似形の中から現れる歴史の断層を見事に抉り出した傑作。救国のための最後の切り札、兵諫の思想が大戦前夜の闇の中にいかに潰えていったか――その行方を追う迫真の一巻。今年は近現代史を扱った読み応えのある作品が多い。

『琉球警察』もそうした試みの一つで、沖縄の〈いま〉に連なる戦後史の諸問題を、息づまる警察小説として提出した第一級のエンターテインメントである。きれいごとばかりいってはいられない、時には自分の作業員として育てた男を平然と裏切る公安の仕事に苦悩する主人公東貞吉の姿や、見事な存在感を放つ実在の政治家・瀬長亀次郎の登場、さらには、二転三転するクライマックスに向けての圧倒的臨場感、そして感動のラストまで、一気読み必至の意欲あふれる問題作といえよう。

『非弁護人』は作者の本領発揮のクライムノベルにして法廷ものの面白さも持つ。かつて巨悪を敵に廻したがために罠にはめられ、失職した元検事・宗光彬が主人公。作品は彼と怖るべき絶対悪との対決を軸に展開するが、この世の中には存在を許してはならぬ絶対悪があるという主張は一時期の加藤泰の映画を思わせる。また、法廷に立つことの出来ない“非弁護人”たる主人公をして、いかなる法廷ミステリが展開するかという興味も見逃せない。

『女副署長 緊急配備』は『女副署長』に続くシリーズ第二弾。はじめにいってしまえば巻を追ってますます面白くなっている。懲罰人事でより小規模な佐紋署の副署長となった田添杏美は、納屋から発見された女性の遺体と海岸で発見された意識不明の若手巡査をめぐる謎、さらにはバイクによるひったくり事件での緊急配備と様々な事件に遭遇。また色々な事情を抱えた警官たちの群像劇としての面白さも前作から引き継がれており、作者の筆はますます磨きがかかる。

『鬼火』は、コナリー一家三人衆――御存じハリー・ボッシュと、ハリウッド分署深夜担当の女刑事バラード、さらには、“リンカーン弁護士”ことハラーの揃い踏みだ。物語はボッシュの恩師ともいえる元刑事の葬儀からはじまり、ボッシュは、故人の未亡人から恩師が最後までこだわっていた未解決殺人事件の資料を託される。三人のかかわっている事件がそれぞれ微妙な綾を見せながら絡み合っていくのをさばく作者の腕はお手のもの。船頭多くして何とやらにならぬのはさすがである。

新潮社 週刊新潮
2021年8月12・19日夏季特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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