企業の派閥抗争は必然――某大手建設会社役員を兼務する覆面作家が描く「経営の裏側」

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不屈の達磨 社長の椅子は誰のもの

『不屈の達磨 社長の椅子は誰のもの』

著者
安生 正 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414173
発売日
2022/04/15
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

安生正の世界

[文] 篠原知存(ライター)

サスペンス小説のヒットメーカーが経済小説へ その理由とは?

2012年、『生存者ゼロ』で「このミステリーがすごい! 」大賞を受賞した作家の安生正(あんじょう ただし)氏。大仕掛けのサスペンスで知られるヒットメーカーだが、今回上梓した新刊『不屈の達磨 社長の椅子は誰のもの』は経営の裏舞台のリアルを描いた「経済小説」だ。某大手建設会社の役員を兼務する著者に本作執筆の裏話を伺った。

* * *

――新作の舞台は、再生可能エネルギ―による電力供給を事業とする一部上場企業。株主総会を前に社長が姿を消して、激化した後継者争いに社員たちが翻弄される。経営の裏舞台のリアルな描写や胸を打つ人間ドラマに夢中になりましたが、意外でもありました。ハリウッド映画のようなアクション満載の活劇から一転して、ビジネスパ―ソンを描く経済小説へ。きっかけがあったのですか?

安生正(以下、安生) 編集者と話しているうちに自然と。かなり実生活に近い内容、会社での経験をネタにするような話ですが、もともとジャンルはそれほど気にしていません。ただ、書く情報がいい加減なのは許せない性格なので、実体験に基づいたリアルなものを伝えたい。なぜ〈ゼロ〉シリ―ズなどに自衛隊が登場するかというと、防衛省にも知人がいるからです(笑)。自分が知るもののなかで面白い話を思いついたら、自衛隊でもアクションでも経済小説でも、なんでもいい。経験があれば、嘘っぽくならない。企業でどんなことが起きて、みんな何にストレスを感じているか、というのは肌で知っていますからね。

――事業部門を率いる副社長と財務を握る常務が次期社長の椅子を争いますが、理不尽な派閥抗争は読んでいて辛くなるほど熾烈ですね。

安生 企業も役所もそうですが、組織がピラミッド型である以上、誰かが勝ち抜いていくプロセスは必然です。最終的に会社を任せるに足る人間を選びますから、競争は仕方がない。社長候補になるような人には、何十人、何百人の部下がいて、結果として派閥といった要素も生まれる。読み物として登場人物が尖っていないと面白くないので、誇張はしていますけれど(笑)。読んでもらったときに「こういう人いるいる!」と「こんな人いるの?」が、両方ある方がいいと思うんですよ。

――そんななかで、会社にとってベストの道を目指してもがく主人公の弓波博之には、読者の共感が集まりそうです。

安生 特定の誰かではありませんが、弓波のモデルになった人たちがいます。真面目に会社のことを思って動く人間って、けっこういるんですよ。そういう部下は頼りになります。ただ、組織というのはポジションによって要求される能力が違ってくる。弓波のように融通の利かない実直な人間は、番頭さんとしてはいいけれど、社長はたぶん向いていないでしょうね。 どこの会社でも、取締役に上がってくるような人は秀でた能力を持ってます。でも、長短はある。会社って社会の縮図じゃないですか。欠点を持った人間は山ほどいるんですけど、組織としては不思議と存続していく。それが面白いところ。とはいえあまり変な人間がトップになると、大会社でもつぶれます。

企業が目指すものは利益だけでいいとは限らない

――弓波には毅然としたところがありますが、別の登場人物の言動には、そんなに出世したいものなの?と切なくさせられたりもしました。

安生 実際の会社でも、自分の業績を数値化できる部門の人間はアピ―ルもしやすいでしょう。でも、社内調整を担当する部署とか、成果を数字で言えない立場だと、上司の評価を求めて、媚びる人間がいるかもしれない。また、個人として上昇志向の強い人間もいる。シンプルに給料も社会的地位も上がるわけですから。 それから、経営者による面もありますね。一切合切すべてを指示して結果が出せる経営者は、部下の能力なんて求めません。言ったことを「はい」と100%実行してくれればいい。黙って従う人間が「かわいいやっちゃ」となります。逆に、部下の能力を活かして集約して結果を出そうという経営者は、弓波みたいな部下を求めるでしょう。

――作中の「素晴らしい日本を作る」という言葉が心に残っています。企業の社会性も本書のテ―マのひとつだと感じました。

安生 利益追求が企業の目的であることは間違いないですが、忘れてはならない社会的使命というものがあります。たとえば私たちの建設業界で言うと、最大の社会的使命は災害派遣。災害が起きて、復旧に行ってほしいと頼まれたら、要求される技術やキャリアを持つ社員を全国から集めて投入する。そこで採算が合わないとか人がいないとか言い訳をして断るようでは、私たち業界の存在意義が半分なくなってしまう。被災地では、ゼネコンの土木部門は自衛隊とニアリ―イコ―ルで一緒に仕事をしています。

――それは知りませんでした。

安生 建設業界はあまりマスコミに取り上げられないので、知らない人も多いかもしれないですね。そういう貢献を求められない会社もあると思いますが、電力会社や建設会社のように社会インフラにかかわる業種というのは、基本的に社会的要請に応えることを会社の軸にしています。

――兼業でかなりお忙しいと思いますが、そもそも作家を目指そうと思われたのは?

安生 下の子供が中学でクラブ活動を始めて、休日に遊んでくれなくなったのがきっかけです(笑)。ぼ―っとしてても仕方がないので、パソコン一台あれば文章は書けるし、やってみようかな、と。映画が大好きで、こんな話が面白いかなとか、よく考えたりしていましたが、小説という形で文章を綴り始めたのはそのときから。40半ばですね。 そのうちに、自分の文章を人が読んだらどう思うのかが気になり始めて、3作目を江戸川乱歩賞に応募したら一次予選を通ったんです。結構いけるかもと思ったら、翌年は通らなかった。何が悪いのか自分ではわからないわけです。それで『このミステリ―がすごい!』大賞に応募しました。「このミス」はしっかり講評してくれるんです。一次選考の次点でしたが、何人もすごく丁寧にコメントをしてくれた。自分の文章をプロが読んで感想を書いてもらえるって、素人にはめちゃくちゃうれしい。最高のモチベ―ションになりますよ。これはしばらく応募してみようと思ったら、次の年に『生存者ゼロ』が大賞になったんです。

――本書はシリ―ズ化も期待したいところですが、これからについてはいかがですか?

安生 平日は夜も仕事が入りますから、小説は土日に書いてます。朝から晩まで書いても、一年に一作ぐらいが限度です。読者の方が1ページ目を読み始めたら、常にハラハラドキドキが続いて、徹夜をしてでも最後まで読みたい、と思うようなストーリーを書きたいと思っています。いまは、業務上知り得た情報は小説にできないという制約もあるのですが、立場が変わったら、またいろいろと書けることも増えるかもしれませんね。

協力:角川春樹事務所

角川春樹事務所 ランティエ
2022年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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