『ユーラシア東方の多極共存時代 大モンゴル以前』古松崇志著

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東方見聞録

『東方見聞録』

著者
マルコ・ポーロ [著]/青木 富太郎 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784309711812
発売日
2022/09/22
価格
2,178円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ユーラシア東方の多極共存時代 大モンゴル以前』古松崇志著

[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)

中華圏主軸の歴史観刷新

 大河ドラマの影響もあり、平安時代が今注目されている。一般的には天皇家と摂関家を中心とした雅(みやび)やかなイメージではあるが、実際には幾度もの政変が起き、血で血を争う政治抗争も少なくなかった。その代表は昌泰の変(901年)と呼ばれる菅原道真の大宰府左遷事件であろう。宇多天皇の信任を得ていた道真が遣唐使の停止を建議したのが894年のことである。これ以後、日本から正式な外交使節として中国へ官吏や僧侶が派遣されることは室町時代まで途絶えた。とはいえ、遣唐使の派遣はなくとも、中国東北沿岸部から渤海使などが来日しており、中国へ留学する仏僧たちの私的な渡航も絶えなかった。すなわち、遣唐使の廃止以降、日本と大陸の交渉が室町時代まで途絶えていたわけではない。にもかかわらず、唐王朝の滅亡以降、モンゴル帝国軍の襲来まで、いかなる民族や国がユーラシアの東部で覇を唱えていたのか、私たちの記憶は曖昧である。これは日本人の「東アジア」史観が、日本とその交渉相手である中華統一王朝を主軸に形成されているからにほかならない。

 本書の著者が定義づける「ユーラシア東方」という地理的な概念は、中華王朝とその周縁という歴史観を刷新するものである。その範囲は広大な草原地帯、さらには中央アジアへと繋(つな)がっている。一種のナショナリズム的な歴史観で自分たちと関係の深いところのみユーラシア史を見てしまう習性からは、実は学者たちも逃れられていなかったという指摘は胸に刺さる。

 では、日本との交渉が乏しかった時代のユーラシア東方はどのような状態であったのだろうか。著者はそれを「多極共存」として表現する。筆者が言う「多極」は具体的には契丹の遼、宋、女真の金などの広範囲かつ勢力のある王権を擁した国にはじまり、より小規模な王権も含む。その分析の主たる対象は「儀礼」である。外交や祭祀(さいし)などの儀礼に注目することで、各王権の自己意識・他者認識のみならず、各地域の関係性が深く描き出される。「多極化」が進む現代世界において、参考とすべき事例が示される一冊である。(名古屋大学出版会、1万4300円)

読売新聞
2024年4月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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