明文堂書店石川松任店「癖になる? 異色の傑作ミステリ」【書店員レビュー】

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夜の淵をひと廻り

『夜の淵をひと廻り』

著者
真藤, 順丈
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041035580
価格
2,200円(税込)

書籍情報:openBD

明文堂書店石川松任店「癖になる? 異色の傑作ミステリ」【書店員レビュー】

[レビュアー] 明文堂書店石川松任店(書店員)

何年か前、《恐怖と感動が一度に押し寄せる》という惹句を見たなという記憶があったので調べてみると、沼田まほかるの『アミダサマ』だった。本書を読んでいて、ふとその惹句を思い出した。何故かというと、本書にも《恐怖と感動が一度に押し寄せる》ところがあるからだ。
警官殺傷事件を生き残り、謎の老人との出会いによって原因不明の昏倒を起こし一過性脳虚血発作と診断されたシド巡査(私)は、《たがの外れた詮索屋》《全住民のストーカー》《職務質問と巡回連絡が三度の飯より大好き》《変態》など、周囲から問題警官というレッテルを貼られている。本書は、そんなシド巡査が難事件の数々に首を突っ込んでいくという異色の連作ミステリだ。
とても不気味な警察官であり、自覚がないのが特に厄介だ。ユーモアの混じった手記(シド巡査の手記という形で、この小説は進行していきます)もどこか狂気的である。だがそれでも彼はこの街にとって必要な存在なのだ。負の感情を煮詰めたような事件と向かい合う彼は、不気味で奇妙だが、誠実で優しい。すべてを知ろうとすることは、残酷な現実から目を背けないということでもある。彼は、街を、罪を、人を直視し続ける。そういう意味で、彼はとても魅力的だ。ただの頭のおかしい変人だと嗤うことがぼくにはできなかった(まぁ実際に近くにいたら、嫌ですけど・・・・・・)。
歪んだ人物、歪んだ犯罪、歪んだ真相・・・・・・。しかし底知れぬ悪意を持った事件の先に、人間もまだ捨てたもんじゃないなという希望が残る。そんなエピソードも多い。そして最後の「夜の淵をひと廻り」はあまりにも希望に満ち溢れている。ダークな作品でありながら、読後感がかなり良い作品だ。
《警察官だって怖いものは怖いんだよクソったれ》《この人はそりゃあ全住民へのストーカーなんて非難されてるけど、ストーカーだけに根っこにあるのは愛だ、愛》《好奇心をたやさずに自分の外の暗闇に向かっていけるのは、人間のもっとも偉大な習性なんだ》。歪んだ世界の中で響くそのストレートな言葉たちは読者に強い印象を残す。独特だが、とても癖になる作品だ。

トーハン e-hon
2016年8月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

トーハン

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