松任谷正隆・インタビュー 音楽はゼロからは生まれない 神舘和典〈松任谷正隆『僕の音楽キャリア全部話します』刊行記念〉

インタビュー

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僕の音楽キャリア全部話します

『僕の音楽キャリア全部話します』

著者
松任谷 正隆 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103504818
発売日
2016/10/31
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

松任谷正隆・インタビュー 音楽はゼロからは生まれない 神舘和典


松任谷正隆さん(写真・矢部志保)

「この本は、インタヴュー形式であることが重要です」

『僕の音楽キャリア全部話します』出版から数日後、いつも訪れる都内のカフェで松任谷正隆さんが自著をふり返った。

「僕、こんなしゃべり方だったのかな?」

「こんなニュアンスではないはずだよなあ」

 本を読み直して、松任谷さんは感じたそうだ。

「というのも、自分が知る自分は、鏡に映る姿です。だから自伝だったら、よく知っている“鏡に映る僕”がつづられていく。自分の脳に刻まれている記憶が活字になるわけですから。一方、この本の中の僕は聞き手から見た僕です。言い換えると、僕が相手に、あるいは周囲に与えるイメージが活字になっていく。そして、聞き手側の記憶にある僕について質問され、よみがえった記憶もつづられる。実はもう長い間インタヴュー勉強会を主催しているんですが、インタヴューで人をどこまで掘り下げられるかが少し見えた気がします」

 本の中には、自分が知らない自分の姿もあった。

「人はこういうふうに僕を見ているんだな、とね。たとえば、自分が聞く自分の声と、ほかの人が聞いている声って、違いますよね。録音された自分の会話を聞くと、これ、僕なの!? と驚く。あれに近い感覚かもしれません」

 読者からの反応も新鮮だったという。

「一冊の中で興味を持つ箇所も反応も人それぞれ。この本に関するインタヴューをすでにいくつか受けていますけれど、インタヴュアーが訊いてくるポイントはほとんど違います。それはおもしろい体験です。CDに十曲入っているとしたら、好きな曲はリスナーによって違う。あれに似ているかもしれません。予想外だったのは“音楽はゼロからはできない”というくだりへの反応が大きかったことです」

 それは本の中の次のような記述だ。

〈音楽というのはゼロから生まれるものではないんですよ。ミュージシャンにとって音楽は“反応”です。世の中で鳴っている音を聴くだけでなく、映画を観たり、お芝居を観たり、こうしてインタヴューを受けていることも含めて、そこで生まれた感情や頭の中に描いた風景から音楽は生まれます〉

 音楽は脳の奥から自然発生的に湧くものでも、空から降ってくるものでもない。音楽家が見たり聴いたり体験したものが複雑に絡み合い、溶け合い、作品化する。

〈つまり、自分が生きている限り、音楽は生まれるんですよ。ミュージシャンにとっては、呼吸や食事と同じだと思います〉

 インプットがあるからこそアウトプットがあるのだ。

「音楽をやっている人ならわかっていると思うけれど、どんな作品にも、本人が意識していようが無意識だろうが、どこかに音の源泉はある。文学は専門外ですが、小説にも、その作家がモチーフにしている体験や読書経験があるのかもしれません。あるいは、取材だってするかもしれない」

 今回の本で自分のキャリアをふり返り記憶を整理することで、心の変化も再確認できた。

「若いころ、自分の音楽は限られたスモールワールドでしか通じない言語だと考えていました。でも、そうでないと思えた。これだけ長期間、多岐にわたり音をつくってくるとね。今ならば僕がやっている音楽とは別のカテゴリーの、ラップや演歌ともコラボレートできるんじゃないかな」

 実際に新しいフェイズを意識している。

「過去に一枚つくったソロアルバム『夜の旅人』については本でも触れましたが、二枚目をつくろうかな、と思っています。必ずしもこの本で思いついたわけではないですけれどね。時期は二〇一七年、かな。具体的なプランはまだ頭の中にはありません。自分のスタイルを自分で決め込むことはせずに、軽い気持ちで取り組みたい。『夜の旅人』も『僕の音楽キャリア全部話します』も出来上がってみると、自分の一面だとわかりました。書名とは矛盾してしまいますけれど……。本もアルバムも、その一作だけで自分のすべてを表現するのは難しい。だからといって、何冊もあればすべてが表現できるわけではない。その時その場所にいる自分が記録されるライヴアルバムに近いかもしれませんね」

新潮社 波
2016年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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