一家が過ごす島の別荘の暮らし――二十世紀の文学が「追憶」「挽歌」を発見

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灯台へ

『灯台へ』

著者
Woolf, Virginia [著]/御輿 哲也 [訳]/ウルフ ヴァージニア [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784003229118
価格
1,037円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

灯台へ

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

 家族は記憶のなかにこそある。母親がまだ元気だった頃。子供たちがまだ小さかった頃。一家で食卓を囲んだ楽しかった頃。記憶のなかで家族は輝く。

 ウルフ(一八八二―一九四一)の一九二七年の作品。ラムジー一家は、その夏(第一次世界大戦の前)を、いつものようにイギリスの北西部、ヘブリディーズ諸島の小島にある別荘で過ごす。湾のなかに灯台がある。小さな男の子は灯台に行きたいと思っているがなかなか連れて行ってもらえない。目の前に見える灯台が思ったより遠い。

 ラムジー氏は六十過ぎの哲学者。気難しい。一方、ラムジー夫人は世話好きで誰からも愛されている。五十歳になるがいまも美しい。ウルフの子供時代に亡くなった母親がモデルという。

 ラムジー夫妻には八人もの子供がいて家のなかはいつもにぎやか。食卓にはやはり島に避暑に来ている女性画家、老詩人、男やもめの植物学者、ラムジー氏の弟子らが加わる。戦争の前、島の別荘の暮しは平穏に過ぎてゆく。

 大きな事件が起るわけではない。この小説の眼目はラムジー夫人をはじめ登場人物の内面を描くことにある。ウルフは同時代のジョイスの「意識の流れ」に影響を受けたと思われる。

 会話は少ない。それぞれの内部の声が重要になる。ダイアローグよりモノローグの積み重ねで物語が進んでゆく。

 第二部、第三部に入って読者は思いがけない事実を知る。家族の中心にいたラムジー夫人は急逝する。長男は世界大戦に従軍し、戦死する。母親に似て美しかった娘は結婚したものの出産の時に亡くなってしまう。別荘に人は訪れなくなり、次第に荒れてゆく。良き時代は終ってしまったという喪失感が作者にはある。だからこそ記憶が大事になる。

 十年後の九月、ラムジー氏と子供たちが久しぶりに別荘にやってくる。彼らはあの時には果せなかった灯台行きのため船に乗る。それを見ながら女性画家は慕っていたラムジー夫人を思い出す。二十世紀の文学はこの時、「追憶」「挽歌」という主題を発見したといえよう。

新潮社 週刊新潮
2016年12月1日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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