【文庫双六】中高でハマったSFと言えば――野崎歓

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【文庫双六】中高でハマったSFと言えば――野崎歓

[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)

『幼年期の終り』や『夏への扉』、『宇宙船ビーグル号の冒険』や『暗黒星雲のかなたに』。次から次へと文庫本を読みあさる楽しみにはまった中学生から高校生にかけてのあの頃、SF(そしてもちろんミステリも)の傑作の数々に、どれほど胸を躍らせたことだろう。

 ひょっとするとハインラインやアシモフらの大御所以上に僕のハートをがっちりとつかんで離さなかったのが、短編の名手フレドリック・ブラウンだ。文体は明るく歯切れよく、作風はギャグと遊び心にあふれ、“そんな馬鹿な!?”という驚きの幕切れが待っている。

 地球を破滅させようとする悪魔を相手にいたずらっ子が水鉄砲で応戦したり、地球上に最後に残った男が一人で部屋に座っていると、ドアにノックの音がしたり。夢中で読まずにはいられない面白さなのだ。

 いつも陽気でドライな味わいなのも嬉しい。SFやミステリに入れあげると同時に、何しろ「多感」なわがティーンエイジャー時代、どろどろむらむらと胸中に蠢く得体の知れぬ問題の解決を求めて、純文学の大海にも漕ぎ出ていた。そこで自分の孤独を突き詰めた気になっては、ブラウンのからっとした筆遣いに触れてほっと一息ついていたのである。

 創元推理文庫の『宇宙をぼくの手の上に』(中村保男訳)はとくに大好きで、巻末の「さあ、気ちがいに」を読んだときの驚きは忘れがたい。昨年ハヤカワ文庫から出た星新一訳で久々の再会を果たした。どの短編もみな時代を越えた弾けっぷりで、やっぱりブラウンは素晴らしい。東京創元社さんもぜひ、大きめの活字での続々復刊をお願いします。

 星新一の翻訳は初めて読んだが、半世紀以上前の訳文なのに何なのだ、この新鮮さは! 自分のことを棚に上げていえば大方の翻訳書は“ここちょっとぎこちない”などと突っ込みたいところがあるものだが、それが皆無である。二人の名匠の夢のコラボレーションを心ゆくまで楽しめる。

新潮社 週刊新潮
2017年3月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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