堀部篤史は 『味がある。』を読んで 「美味しい」の所在を考える

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堀部篤史は 『味がある。』を読んで 「美味しい」の所在を考える

[レビュアー] 堀部篤史(「誠光社」店主)

堀部篤史
堀部篤史

 食べたものを撮影し、知人、あるいは面識のないフォロワーたちに披露する――。
 多くの人々がSNS上で日々行っているのは自己顕示だけではない。見せることや共感を前提に食事の内容を公開することは、ある種のデザインであり、編集でもある。例えば丼を真上から俯瞰で撮影するのはスタイリングだし、居酒屋のメニューやパンばかりを限定してアップするのは編集行為そのものだ。日々数え切れない人々が自分一人で編集する雑誌を無料発行し続けているようなものだから、昨今雑誌が売れないのも仕方のない話である。
 さておき、SNS上の「飲み食い」にはほとんど編集やデザインのフィルターがかけられているが故に、スマートホン上で眺めてまず刺激されるのは味覚ではなく、美的感覚であり、知られざる店のよそでは食べられないメニューに対する知的好奇心である。情報にコーティングされた食べ物の姿は、「美味しそう」以前に、「美しい」か「うらやましい」のである。
 そんな「美味しい」不在のSNS(で食べ物を公開することに)には一切関心を示さずに、ひたすらノートブックに食べたものを、イラストと言葉で記録し続ける作家がマメイケダ(20代・女性)だ。筆圧の高いクレパスと鉛筆で、余白を塗りつぶすように描かれた「ごはん日記」に膨れ上がり、ヨレ、波うったノートブックの存在感に圧倒され、この秋自分の店で展示を企画し、作品集を敢行した。
 マメさんのイラストの魅力は、なによりも美味しいものに分け隔てがなく、自意識を感じさせない野放図さである。人気のタイ料理店のカオマンガイの次のページにはヤマザキの菓子パンが描かれ、差し入れのみかんも老舗のてんぷらそばも同じ筆圧でノートブックの中にひしめき合う。
 そもそも食べることが大好きで、イラストレーターを志したときに、まずは興味のあるものを書くことで絵の練習を、ということで「ごはん日記」を始めたという。見せるためではないので、連続してカレーが続いたり、1冊のノート内で茶色の割合が高すぎたりすることもある。そのことを突っ込むと、
「美味しいものはだいたい茶色い」
という名言がかえってくる。食べ物を目の前にまずは撮影してからスケッチを始めるのも、出来立てのものを食べないと美味しくないからという理由。いつもアングルが違ったり、皿がページからはみ出したりしているのも「店で撮影するのが恥ずかしいから」控えめかつ素早く撮影する結果だそう。
 見せるためではなく、自分自身の喜びのために食べて描く。食事に情報がべっとりとつきまとう昨今、マメちゃんのイラストは純粋な食べる喜びを観るものに教えてくれるようだ。
 彼女の作品集を編集発行した際、「美味しい。」ではなく「味がある。」にしたのはそんな理由もある。
 店内で展示を開催した際、多くのお客様の感想が「お腹がすいてきた」だったのがなによりも嬉しい。

 ***

『味がある。』
イラストレーターのマメイケダが、数年前からノートブック食べたもをイラストにしてつけていた。ノートブックの質感をそのまま再現することに注力しながら書籍化された。誠光社。1620円

太田出版 ケトル
vol.34 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

太田出版

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