実在の絵画が鍵になるアート・ミステリ

レビュー

9
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彼女の色に届くまで

『彼女の色に届くまで』

著者
似鳥 鶏 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041052136
発売日
2017/03/29
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

恋愛とは名指せない関係性それ自体に謎と驚きがある

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

 昨年発表されたミステリでもっとも度肝を抜かれた作品は、似鳥鶏の『家庭用事件』だった……という人は少なくないだろう。第十六回(二〇〇六年度)鮎川哲也賞に佳作入選したデビュー作から始まる「市立高校シリーズ」。その第七作に当たる同作は、一話完結型の短編五編が収録されている。ラストの五編目で、主人公たちが巻き込まれた事件を解決へと導くロジックと同時に、シリーズ全体の根幹を揺るがすサプライズが発動する。十年前のデビュー作の段階で歯車を調整しておかなければ成立しない、作品の世界観そのものに仕掛けられたトリックの感触は、読み終えた後もずっと心にたなびき続ける。

 著者にとっても特別だったに違いない同作の執筆体験と、そこで得た自信、野心が、新作の筆に乗り移っている。全五章構成の最新刊『彼女の色に届くまで』は、この一冊で、「市立高校シリーズ」と比肩するほどの衝撃を実現している。

 父は銀座で画廊を経営する画商であり、専業主婦の母は売れない画家で、一人息子である自分は幼い頃から画家志望。小学生時代は神童扱いされ、中学生時代は「破壊絵画」と名付けた傑作を誰にも見せずに描き続けていたが、客観的に見てそれは「子供の落書き」だった——。ひねくれまくった緑川(「僕」)が心機一転、高校進学後は美術部でちゃんと技術の習得に励み、人生経験を深めるために学校生活も満喫しようと決意するところから、第一章は始まる。ところが、期待は何ひとつ実現することなく〝ぼっち〟が確定。そんな時に一瞬だけ心を通い合わせたのが、同学年であることしか分からない無口で謎めいた少女、千坂桜だった。その一年後、筋肉バカの帰宅部員・風戸翔馬という友人を得たこと以外はまるで変化がない状況下で、ずっと気になっていた千坂と再会を果たす。理事長が校内に飾っていた著名画家の絵画破損事件、という謎と一緒に。

 探偵役は、千坂だ。主人公は、探偵の助手役を務める。言い換えるならば、解説役であり翻訳家。直観的に真実に辿り着いてしまう千坂の言葉少なな「推理」を、論点を整理しながら解説し、犯人の絞り込みをカウントダウン形式で行う(風戸のガヤ芸も見事・笑)。その過程で、彼は知る。彼女は、とびきり素敵な絵を描く人だということを。そして二人は、美術部の部室で絵を描き始め、芸大に進学し、やがて社会人になる。この一冊の中で、大きく時が動く。

 前出の「市立高校シリーズ」も主人公は高校の美術部員だったが、絵画絡みのネタはほとんど扱われていなかった。本作は第二章以降も、数瞬の間にペンキがぶちまけられた展示室、密室状態で突然発火した絵画保管庫、盗難に遭ったものの三日後に無事返却された名画など、各章ごとに絵画絡みの謎と不思議が勃発する。千坂の推理は、ルネ・マグリットなど実在の画家の特定の作品によってひらめきを得る、というお約束も楽しい。アート・ミステリの王道である、とあるモチーフを描き出すことにも著者は執心している。

 つまり本作は青春ミステリであると同時に、アート・ミステリでもある……と、第四章までで作品の世界観をきっちり丁寧に輪郭付けたところで、図地反転のサプライズが発動する。そこで生じる衝撃が激しく感じられる理由は、第四章までの「謎と解決」を読み進める過程で、きっと誰もが心のどこかで抱かずにはいられなかったちょっとした違和感が、サプライズに直結しているからだ。さじ加減を間違えれば読者の心を冷ましかねない数々の仕掛けを、この人は見事に、大胆に、各章に配置している。

 実は本作は、主人公と千坂という二人の間に芽生え、育まれていく特別な絆を描いた「関係性のミステリ」なのだ。それは時に「恋愛小説」と呼ばれることもあるが、違う。恋愛とは名指せない関係性、それ自体に謎がある。驚きがある。

 出発、を描くラストシーンも鮮やかで華やか。似鳥鶏の最高傑作だ。

KADOKAWA 本の旅人
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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