『ここから先は何もない』
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小惑星から人骨発見? 3億キロ彼方の密室殺人
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
真紅の宇宙服を着た死体が月面で発見される。チャーリーと名づけられたその死体は、調査の結果、死後5万年と判明。いったいどうしてそんなことがあり得るのか?
――というのは、星野之宣の漫画版でもおなじみ、ジェイムズ・P・ホーガンの第一長編『星を継ぐもの』。“5万年のアリバイ崩し”とも評された壮大な謎解きは、日本でも幅広い人気を獲得した。1980年に出た邦訳は今も売れ続け、累計およそ50万部。国内でいちばん読まれている翻訳SFかもしれない。
この大ヒット作に正面から挑んだのが、キャリア43年の大ベテラン、山田正紀。書き下ろし長編『ここから先は何もない』の発端は、3億km彼方の小惑星に赴いた日本の無人探査機が、本来の予定になかった不可解な挙動ののち、重量4kgのサンプルを採取して帰還したこと。それはなんと、4~5万年前のものと思われる化石人骨だった。探査ローバーを提供したアメリカは、その見返りにサンプルを横取りして沖縄の研究施設に移送。本国から召集された、天才科学者ダニエル・ハント博士率いるチームが、エルヴィスと名づけた化石人骨の調査を開始する。
――という風に要約すると、まるきり『星を継ぐもの』のリメイクみたいだが、本書の舞台は現代の日本だし、主役は科学者ではなく、凄腕のハッカー活動家(ハクティビスト)。彼、神澤鋭二は、腐れ縁の民間軍事会社経営者に依頼されて沖縄に乗り込み、不可能と思われるエルヴィス奪還ミッションに挑む。この導入部分のスリルと興奮は、それこそ『ミッション:インポッシブル』ばり。山田正紀ファンなら、著者の往年の名作冒険小説『謀殺のチェス・ゲーム』や『火神(アグニ)を盗め』を思い出すだろう。
本格ミステリ的には、3億km彼方の密室(=小惑星探査機)で起きた事件の謎が焦点になり、密室ミステリの古典、ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』が何度も引き合いに出される。SF的には、40億年前、地球の生命はどうやって誕生したのかという巨大な謎が浮上し、人類の未来を左右する結末に雪崩れ込む。つまりこれは、冒険小説と本格ミステリと本格SFの贅沢きわまるマッシュアップ。この大風呂敷ははたしてきちんと畳まれるのか? ホーガンvs山田正紀、頂上対決の行方はぜひとも自分の目で見届けてほしい。なお、印象的なタイトルは、ボブ・ディランの09年の曲「Beyond Here Lies Nothin’」より(大元の出典はオウィディウスの詩の一節)。