【聞きたい。】燃え殻さん 『ボクたちはみんな大人になれなかった』
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
■自分語りをしてほしい
「人生にドラマチックなことなんて起きない。90年代から2000年代初めの『何もない』って言われてた時代に、何もない人間がほうり出されていた。停滞した空気があって、しらけムードで、雑な感じで生きてて…ただそんな中でも泣き笑いはあるでしょう」
〈主人公のボクは43歳。ある日、フェイスブックで元彼女の名前を目にする。“小沢(加藤)かおり”。ダサいことを嫌っていた彼女が投稿した夫婦写真はダサかった。そして幸せそうだった。ボクは「自分よりも大切な存在だった」彼女との日々を回想し始める〉
「深い悲しみとかすごい幸せとかは横目で見るもので、そんなに悲しくなかったし、そんなに楽しくもなかった。でもたしかに僕らはそこにいた。『中途半端だ』って言われそうですけど、けっこう多くの人がそうだったと思うんですよ」
エクレア工場でのアルバイト。超長時間勤務のブラックな美術制作会社。小沢健二とインドを愛する彼女と現実逃避するように-。そんなエピソードの多くは実体験に基づくという。
「『あんなこともあったなぁ』と思いついた順に書きました。会話などはそのままではなく、いろいろな人に受け入れられるように工夫したつもりです」
短い文章をリズミカルに連ねていく。「一文一文を簡潔に、でもいろいろな意味が取れそうな言葉を選んで配列した」。読み手が自分の物語にしてくれるように気を配ったという。
「SNSなんかで感想をみると、この小説はここが良かったとかではなくて、『これはこれとして俺の話なんだけどさ』…って自分語りをしてくれてる。それがすごくうれしい」
デビュー作だが刊行直後に品切れ続出。3刷4万6千部とヒット中。「小説好きにほめてもらえるのもうれしいですが、年に2冊ぐらいしか小説を読まない人に、そのうちの1冊がこの本って言ってもらえたら最高ですね」(新潮社・1300円+税)
篠原知存
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【プロフィル】燃え殻
〈もえがら〉昭和48年、神奈川県生まれ。東京都内で働く会社員。ツイッターが人気を集め「140文字の文学者」と呼ばれる。筆名は好きな曲から。