<東北の本棚>「不安」の実像読み解く

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復興ストレス

『復興ストレス』

著者
伊藤 浩志 [著]
出版社
彩流社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784779123009
発売日
2017/02/22
価格
2,530円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<東北の本棚>「不安」の実像読み解く

[レビュアー] 河北新報

 東京電力福島第1原発事故は、放射線の健康リスクを巡る激しい論争を引き起こした。象徴的だったのが、同原発を訪れて鼻血を出す描写が議論された人気漫画「美味(おい)しんぼ」の騒動。本書は騒動によって「科学」に関心が集中すればするほど、被災者が抱える「不安」は蚊帳の外に置かれていった実態を解き明かす。
 例えば子どもの鼻血を心配する母親は周囲に相談したくても「神経質な人」「人騒がせな人」などと言われかねず、徐々に沈黙していった。安全かどうかは科学に基づいて理性的に判断すべきで、不安は正しい知識を身に付けさえすれば解消される「心の問題」と捉える「心身二元論」がベースにある。
 しかし、そもそも科学や理性的な判断は常に正しいのか。十分な時間や情報がある場合は強力な武器になるが、先行事例が乏しく、発症まで長い時間を要する病気などの予測は難しい。中立・公正さという観点でも、自分の考え・主張に都合のいいデータを使うバイアス(偏り)がかかる可能性を否定できない。
 不安とは脳内にある扁桃体(へんとうたい)の情動反応であり、素早く危険を察知して未然に回避する能力。正確さには欠けるが、生命を維持するために獲得した生物の本能とも言える。福島の原発事故のように健康リスクの不確実性が高い状況では、情動反応は理性的に考えるより合理的な判断を行う可能性があるという。
 今も自主避難を続ける人、古里に帰還後も不安を抱える人は少なくない。「真の意味での復興には、被災者の尊厳の回復が欠かせない。そのためには、多様に存在する被災者の健康リスクの全体像に肉薄し、被災者の抱く不安を正当に評価することが必要であろう」と説く。
 著者は1961年静岡県生まれ。10年余り時事通信で記者をした後に東大大学院に進み、ストレス研究で博士号を取得した。現在はフリーの科学ライター。福島市在住。
 彩流社03(3234)5931=2484円。

河北新報
2017年8月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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