「意思決定力」を高めるために「ファイナンス力」が必要な理由

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ファイナンスこそが最強の意思決定術である。

『ファイナンスこそが最強の意思決定術である。』

著者
正田圭 [著]
出版社
CCCメディアハウス
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784484172286
発売日
2017/09/16
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「意思決定力」を高めるために「ファイナンス力」が必要な理由

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

ファイナンスこそが最強の意思決定術である』(正田 圭著、CCCメディアハウス)の冒頭で著者は、「意思決定力」の重要性を説いています。ビジネスにおいて「とんでもない結果」を連続的に出す秘訣は、細かい意思決定の質を高めることだというのです。

だとすれば気になるのは、どのように意思決定の質を高めていけばよいのかということ。この疑問に対する答えは、意外なことに「ファイナンス力を習得すること」なのだといいます。意思決定の質が高く、ずば抜けた結果を出す人はみな、高度なファイナンス力を持っているのだとか。

ファイナンスというと、企業価値を求める計算式や、資金調達の考え方などのことであり、企業の財務や経営企画室でしか使わないものだと誤解されている方もいらっしゃるかもしれません。

しかしながら、本書でいう「ファイナンス」は、意思決定のためのファイナンスです。自分の能力を最大限に活用するために、意思決定の質を高めるものこそがファイナンスであると定義しているのです。したがって本書は、財務部や経理部、経営企画室の人々のためだけではなく、日々努力をし、意思決定の質を高め、チャンスを手にしてとんでもない成長を達成していきたい人すべてに向けての書籍となります。(「はじめに」より)

著者は、会社をつくっては売却するという「シリアルアントレプレナー(連続起業家)。どのタイミングで経営の舵を切ろうか、どの条件で売却しようかという意思決定を繰り返してきたわけです。そして、そんな経験があるからこそ、「正しいプロセスでファイナンスをきちんと学びさえすれば、経歴や才能にかかわらず、誰もが質の高い意思決定を行うことが可能だ」と確信しているのだといいます。

そこで本書では、ファイナンスの習得によって意思決定の質を高めるためのメソッドを明かしているというわけです。3章「ファイナンスが最強の意思決定術である理由」から、基本的な考え方を抜き出してみましょう。

ファイナンスとはなにか

ファイナンス(finance)のもともとの語源は、fineという単語。「fine」はラテン語で「罰金」という意味で、語源をさらにたどると「finish(フィニッシュ=終了する)」という意味になるのだそうです。なお「fine=罰金」と「finish=終了する」が関連しているのは、「罰金を払って終わりにする」というところからきているのだといいます。

そのため「finance」も、「支払って終わりにする」という意味から派生し、「財政」「金融」という意味になっていったらしいというのが著者の見解。それはともかく、本書でいうファイナンスの定義は、そこにビジネスの文脈が入っているため次のようになるそうです。

ファイナンスの定義=モノの値段を考え、意思決定をすること

(79ページより)

コンビニで300円で売られているボールペンをレジに持って行っても、そのボールペンの値段について店員さんと議論になることはなく、それが300円で売買されるだけの話です。このように、実際に店頭に並び、金額が安定している価格を、ファイナンス用語では「現物価格」というそうです。

これに対して、「このボールペンが300円なんて高すぎる。本来、このボールペンには200円の価値しかない」と思ったとします。このように、「理論的にはこのくらいなんだよなぁ」と思う金額が「理論価格」。しかし当然ながら、「理論価格」は人によってかなり認識が異なります。とはいえ最終的な価格は、その他大勢の人たちの需給バランスによって決まるもの。そのため最終的には、モノの値段は理論価格に落ち着くことに。ただ、いつのタイミングが「最終」なのかがわからないため、「理論上の価格」ということになるわけです。

モノの値段の認識は、人によって千差万別。たとえば水にしても、ペットボトルに入っている水なら自動販売機で100円で購入することが可能。しかし砂漠で喉が渇いている人に売るのであれば、1000円でも可能かもしれません。このように、モノの値段の認識はかなり違ってくるということです。

ファイナンスの世界には「効率的市場仮説」という考え方があるそうです。市場においては、情報が瞬時に伝達されて価格に反映されるため、そこで実現する現物価格が常に正しい可能性が高いということ。

しかし実際の世界では、情報が瞬時に反映されることなどはなかなかないものです。「理論価格」と「現物価格」が大きく乖離していることなど、いくらでもあるわけです。つまり、世の中の「価格」が完全に効率的な状態にならないため、常に価格に対し、行動の選択余地があるというわけです。

「これは自分の考える理論価値よりも安いから買っておこう」とか、「これは自分の思う理論価値よりも高いから売ろう」「これは現時点では高すぎるけれど、もう少ししたら値段が下がるに違いないから、いったん待とう」などという行動を選択しうるということだということです。

「物」だけでなく「モノ」の値段も考えるファイナンス

ボールペンやペットボトルの水は、目に見える「具体物」です。しかしファイナンスの利点は、こうした目に見える「物」の価値だけではなく、目に見えない「モノ」の価値も考えることができるということだといいます。たとえばファイナンスの世界でよく扱われるモノとしては、「会社の値段」や「利権」などが代表的。

会社は、さまざまな権利義務がくっついてくるものです。ビルや謄本が会社だということではなく、投資家との出資契約、お客さんとの売掛金、従業員への給与支払いなど、いろんなものが合わさってひとつの会社になっているわけです。著者によればファイナンスの仕事とは、このように、複雑な権利関係が絡み合ったものに値段をつけること。

会社を売るにしても、会社をまるごと売る、1事業だけ売る、1店舗だけ売る、特許だけ売る、ブランドの商標だけを売るなど、売却の仕方によって値段もそれぞれ変わります。権利についても同じ。たとえば世の中にはコメダ珈琲のフランチャイズ権とか、マクドナルドのフランチャイズ権などというものがありますが、こうしたフランチャイズ権についても、「そのライセンスフィーが高いのか安いのか」「いくらが適切なのか」を議論することができるのです。

繰り返しになりますが、ファイナンスでモノの値段の「正解」を突き止めることはできません。「理論価値」は一人ひとり認識が異なるものだからです。そのため、「高い」と感じる人もいれば、「安い」と感じる人だっているのです。(83ページより)

そして、モノの値段は人によって違うため、いろいろな意思決定の手法や技術が生まれてくるのだと著者。(82ページより)

だからこそ、ファイナンスを学ぶことで意思決定力が身につくのです。

ジョブズはなぜ黒のタートルネックを身につけたのか?

意思決定というと、企業の社長や経営陣が経営計画を立てたり、資金を調達する方法を検討したりするときなどに行うものというイメージが強いかもしれません。しかし実際には、誰もが意思決定者なのだといいます。

たとえば朝起きて、どんなものを食べようかと朝食を選ぶのも意思決定。たかが朝食とはいえ、そこにあるものを手当たり次第に食べている人と、栄養に気を使ってバランスのいいメニューを選んでいる人とでは、1年、2年と時間が経過していくに従って健康状態は大きく違ってくるわけです。

そのように、これまでの人生を振り返れば、人はライフステージのあらゆるところで重要な意思決定をしているものです。高校時代に文系か理系かを選ぶのも意思決定なら、大学卒業時に就職先を選ぶのも意思決定。他にも結婚、転職、不動産購入など、その時々の意思決定が、その後の人生に大きな変化が生じるということ。

そして質の高い意思決定をしたときは、その変化はよい方向に進んだはず。逆に質の低い意思決定をしたときは、その変化は取るに足らないものになったか、あるいは自分を窮地に陥れる危機を招くことにもなるでしょう。ここでいう「質の低い意思決定」とは、「ただなんとなく選んでしまった」「不本意ながら選ばざるを得なかった」といった、自分の意思の働いていない選択のこと。つまり意思決定の質を高めていくために重要なのは、そうした質の低い意思決定をする機会をできるだけ少なくしていくことだという考え方です。

意思決定の質を高めるには、量をこなすこと、すなわち自分が意思決定をしていることに意識的になることが重要だということ。逆もしかりで、重要な意思決定に集中するために、取るに足らないような意思決定の回数を減らすことも、質の高い意思決定を数多くこなすためには重要であるわけです。事実、重要な意思決定を日常的に行なっている企業経営者のなかには、意思決定する機会を省力化している人も少なくありません。

例えば、スティーブ・ジョブズは、三宅一生がデザインした黒のタートルネックとリーバイスのジーンズ、ニューバランスのスニーカーがトレードマークで、同じものを何着ももっていて、それを着回していたといいます。

これは、「今日何を身につけるか」という選択に頭を使いたくなかったからだと公言していました。(86ページより)

これはほんの一例ですが、「自分が意思決定をしていることに意識的になる」ことは、その質を高める重要な要素だということです。

意思決定は、時間や労力といった資源を配分することであり、その配分の仕方で成果や結果が大きく違ってくるという考え方。いいかえれば意思決定とは、「自分がしようとしている行動に対してどんな価値があるか」を考え、その価値が最大化する道を常に選び続けることなのだと著者は記しています。(84ページより)

ファイナンスと意思決定力を紐づけるという発想は斬新なようにも思えますが、読み進めてみれば、それが理にかなった考え方であることがわかるはず。だからこそ、読んでみる価値は大いにありそうです。

メディアジーン lifehacker
2017年10月27日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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