ヘミングウェイに憧れて

レビュー

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パリに終わりはこない

『パリに終わりはこない』

著者
エンリーケ・ビラ=マタス [著]/木村 榮一 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309207315
発売日
2017/08/28
価格
2,592円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ヘミングウェイに憧れて

[レビュアー] 柳原孝敦(スペイン文学者)

 初めてパリに行ったとき最初にしたことは、煙草スタンドでマルボロを買い、目の前のカフェのテラス席にどっかと腰をおろすなりコーヒーとクロワッサン二個を注文することだった。子供の頃からの憧れの対象で、その人になりたいとすら思っていたジャン=ポール・ベルモンドの映画の真似をしたのだ。今ならば「聖地巡礼」などと呼ばれそうなその種の行為を、私たちはよくやるものだ。ましてやそれがパリとなれば。
 私の巡礼の旅のベルモンドをアーネスト・ヘミングウェイに置き換えれば、エンリーケ・ビラ=マタスの旅が出来上がる。私がベルモンドになりたいと思ったように、ビラ=マタスはヘミングウェイの〈そっくりさんコンテスト〉に出て失格、そのことをしきりに悔しがる。同化願望というほどの憧れというものが分からなければ、この冒頭のエピソードはまったく奇妙なものに思えるかもしれない。けれども、パリに関係の深い人に憧れを抱いた者ならば、これが必要不可欠なものなのだということが痛いほどよく分かる。
 そもそも『パリに終わりはこない』という本書のタイトルが、ヘミングウェイ『移動祝祭日』の最終章からそっくり取ったものだ。パリでの若き日々を晩年のヘミングウェイが綴ったこの本にこと寄せ、ヘミングウェイとフィッツジェラルドが出会ったバーや後者に請われて前者が彼のペニスのサイズを確認したトイレを探し求めては、若き「私」(たぶん、ビラ=マタス本人)はヘミングウェイになろうとしていたようだ。
 ただ聖地を巡礼するだけでなく、かつて錚々たるメンバーが身を寄せたマルグリット・デュラスの屋根裏部屋に住み、家賃を踏み倒しながら、自身も作家になるべく最初の長篇小説『教養ある女暗殺者』(「読者を殺す」小説らしい)を執筆していた一九七四年から七五年の日々のことを、三日間にわたって講演するというのが、本書の大枠の体裁だ。原書は二〇〇三年刊だから、講演が行われた(ことになっている)時期から振り返れば、文学修業の日々は三十年ばかりも前のことになる。しかし、それだけの歳月が何ほどのものだと言うのか? 何しろ、「パリに終わりはこない」のだ。パリは永遠だ。常にそこにあるのだ。三十年前も、今も、そしてやっと邦訳が出される十数年後の未来も。
 パリが永遠なのは、ヘミングウェイが、マルグリット・デュラスが、ジョルジュ・ペレックが、フリオ・コルタサルやフリオ・ラモン・リベイロ(ペルーの作家)がそこにいて、場合によってはそこについて書き残しているからだ。かくしてビラ=マタスの講演=小説は、パリにまつわる人々やパリをめぐるテクストの永遠に記憶に残る断片のカタログとなる。都市についての文学と文学についての文学のカタログだ。
 読者はこのカタログに導かれ、次の読書の指針を得るだろうが、何よりも読みたくなるのは、『教養ある女暗殺者』だという仕組み……うむ。あざとい!

河出書房新社 文藝
2017年冬号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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