[本の森 医療・介護]『移植医たち』谷村志穂/『満天のゴール』藤岡陽子

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移植医たち = The Unclamping

『移植医たち = The Unclamping』

著者
谷村, 志穂, 1962-
出版社
新潮社
ISBN
9784104256068
価格
2,090円(税込)

書籍情報:openBD

満天のゴール

『満天のゴール』

著者
藤岡, 陽子
出版社
小学館
ISBN
9784093864800
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 医療・介護]『移植医たち』谷村志穂/『満天のゴール』藤岡陽子

[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)

 剛速球ストレートなタイトルの谷村志穂『移植医たち』(新潮社)。内科医や外科医に較べれば、移植医は一般にはまだ耳慣れないかもしれないが、臓器移植は治療方法として現在では欠かせない手段になった。日本における専門医の歴史を辿る傑作小説である。

 物語は1984年の秋、臓器移植のパイオニアであるアメリカ、ピッツバーグ大学Dr.セイゲルの日本講演から始まる。医療不可能と言われる肝臓病も移植によって治癒できると知り、三人の日本人医師が彼のもとで学ぶことを決意する。

 佐竹山行蔵は医師の資格を取って十年。九南大で外科医となり、肝臓を専門にしてきたが、日本では手を拱いているしかない状況を打開できると聞き、留学を決意する。

 研修医を終えて三年目の小児科医、加藤凌子には臓器移植に対する特別な思いがあった。この治療法は正当なのか。その思いを胸にアメリカへ旅立った。

 卒後五年目の研修医である古賀淳一はDr.セイゲルに出会い、あんな才気あふれた人のそばで過ごしたら、毎日が刺激に満ちてきっと面白いと、ピッツバーグ大へアプライ(申込)を書く。

 彼ら三人はセイゲルのもと、必死で技術を磨き頭角を現していく。アメリカの「命を助けるために手段を選ばない」という単純だからこそ力強いセオリーは、いまだからこそ日本人にも理解できるだろうが、1989年に初めて生体肝移植が行われても、脳死患者からの移植は1997年の「臓器の移植に関する法律」の施行後、1999年まで行われなかった。今でも心理的な拒否感を持つ人が多いのは否めない。

 本書は実際に移植医となった人々の経験と歴史を下敷きに、先駆者たちの喜びと苦悩を描き出す。手術シーンはまさに手に汗握る迫力である。医師を目指す若者に是非読んでもらいたい。

 先端医療の発展の真逆に医療過疎の問題が横たわっている。藤岡陽子『満天のゴール』(小学館)では、専門学校卒業後一度も看護の職についたことのないペーパーナースだった奈緒が、一人息子の涼介とともに、故郷の京都の丹後地方の海生病院で働くことになる。

 過疎化が進み、ゴーストタウンになったような故郷で、海生病院の医師、三上とともに、在宅医療を望む患者のもとへ往診に通う日々。自宅で死を迎えたいという人たちに、出来る精一杯の治療を施していく。

 取り残された老人たちへ生きる希望を与えるため、息子とともに奮闘し、看護師としての技術や自信を少しずつ身に着けていく奈緒の姿は清々しい。

 病院の中での医療従事者と患者、という関係でなく、地域のなかで人と人のつながりによって心の安寧を得ることも、今後の医療には必要なことだろう。人生の終焉に必要なものは何か、改めて考えさせられた。

新潮社 小説新潮
2017年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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